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小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

説教

はじめました。

 

今までは、ずーーっと様子見。

 

「今怒ったら、子どもとの信頼関係が崩れるかな」

 

そんなことばかり気にして。勝負から逃げてた感じ。

 

そういう駆け引き。。。

 

 

超めんどくさい!!

 

 

子どもを転がすとか、そういうの自分は楽しめないんです。人間関係は騙し合い?そういうの嫌なんです。

 

 

やっぱり気に入らないものは気に入らない。

 

そういうの全部オブラートに包んで、もっともらしい理屈を捏ねて子どもを諭したりするのは嫌いです。自分が子どものときも、そういう匂いには敏感でした。

 

 

今日怒った原因は、子ども達が自分たちで決めたルールを破ったこと。

 

 

説教の趣旨は以下の通り。

①自分たちの約束事を破ることは、信頼関係を崩すことになる。

②今、信頼関係を築けないと、この先も信頼関係を築けない。

③信頼関係を築けないと人生がつまらない。

 

①、③はまあ、もはやどっかのうさんくさい自己啓発本にも書いていないであろう、陳腐なものでしょうか。

 

②がなんだか、突飛な感じに聞こえます。

 

ここからは完全に私の主観と、感覚で話をすることになります。

 

 

自分にとって、小学校5年生という学年は特別なんです。

私の人生の分かれ道だったと思っているから。

ちょうど、周りの目も気になりだして、自分の社会的地位のようなヒエラルキーも見えてきて。

 

自信をなくし、日々悶々としていたとき。

恩師と出会いました。一緒に5、6年を駆け抜けた仲間と出会いました。

 

本当に楽しい5、6年を満喫しました。

 

ここで、楽しめていなかったら人生変わっていたよなと本気で思うんです。

単純に今の仕事にはついてなかったと思う。

 

何より「今」を楽しむ感覚を知ることができなかったと思うんです。

 

 

5、6年生の2年間で、本当に色々ありました。

友達との関係でも悩んだし、先生にも叱られたし、楽しいことばかりでもなかった。

それでも、集団としての一体感があって、自分がその中の一員であることが嬉しかった。

 

その時の感覚が今でも生きている。

そう感じるんです。

 

 

別に小学校5年生以降、右肩上がりで人生上向きだったわけではありません。

 

 

むしろ、中学校、高校時代は暗黒の時代でした。

 

でも、今にして思うと5、6年で集団で楽しむ経験をしていたから、次に期待できたし、自分にも期待できた。

 

 

「次はもっと楽しめるはず。」

 

そんな風にいつも思えることができた。

 

たった2年間の輝いた時間というのが、のちの人生に与える影響はでかいということを身を以て実感しているんです。

そういう感覚を子ども達にも体感してほしい。

 

そんな風に思います。

 

結局、何が言いたいかというと。

今私が感じているような熱い思いは、子ども達に伝わってないだろうなーということ。

 

要するに、説教だだ滑りしたんです。

 

 

普通だったら、そういう日は凹むし、

「あーーーーーーー!!!!!」

と叫びたくなります。

 

でも、不思議と今はそれが嬉しいんです。

 

今の子達に向き合っている感覚があるから。

 

正直、今も朝学校に向かうとき、前受けもっていた子達を思い出し、無性に恋しくなります。

 

でも、本気で今の子達を叱り飛ばして、説教して。。。

めちゃくちゃ怒ってるんだけど、なんだか今の子達をめちゃくちゃかわいく思っているところもあって。。。

 

うまく言えないんですが、とにかく毎日充実してます。