小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

人との関わり

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前任校の後輩の夢を見て目が覚めた。

…寂しい。

 

早速ホームシックになってしまいました。

 

 

昨日から新任校勤務。

 

初任校でお世話になった先生、そして、同じ学校から一緒に異動する先生もいるので、校長室で待機している際はあまり緊張していなかった。

 

しかし、いざ職員室へ案内され、職員全員の前に立ったら一気に緊張した。

 

全員俺を見ている…値踏みされてる…

(あくまでも主観です。自意識過剰と言い換えることも)

 

そして、挨拶。2番手

特に何も考えていなかったので、その場の思いつきで

「初任校でお世話になった先生もいらっしゃって、懐かしいような気もします。でもやはり新鮮で、とても緊張しています。よろしくお願い致します。」

 

???不思議ちゃんかよ…

 

一拍間を置いて、みなさんの拍手。

「え、終わり?」

といった感じの戸惑いが見られるまばらな拍手。

 

これ、ふたせんさんが言う、スピーチが長い、短いの話以前の問題じゃないか…

「スピーチと女の子のスカートは」 - 小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

 

この話、本当に共感する。

 

やはり、人前で話をする以上、何を伝えるかは明確にしないとダメだと思う。

 

お互いにとって無駄な時間だ。

 

先生という仕事につくと、自分の話を聞いてくれる子どもの前で話すことが前提となる。

さらに、話を聞かない子がいれば、指導という名のもとに注意もする。

 

つまり、

「話を聞かない人を悪とする環境」

にずっと身を置くことになる。

 

だから、人前で話すとき、

「相手の時間をもらっている」

という意識が薄れてくるから、中身のない話を平気で長々としゃべる。

 

昨日の私の場合

 

「よろしくね。がんばるから仲間に入れてね。仲良くやろうね。」

 

ということが一番伝えたかったので、それをうまく言えばよかったんだ。

 

で、これは人と接するときも大事だと思う。

 

人と接するとき、なんとなく相手に合わせて話をするのは無意味だ。コミュニケーションって結局、相互理解が目的ではないのだろうか。

 

「私はこんな人ですよ。あなたってどんな人?」

 

ということを意識しないと、ついその場をこなすだけの関係になってしまう。

 

それは実につまらないし、寂しい。

 

昨日はついついまわりをうかがってしまった。

私にしては珍しくととりあえず笑顔で穏やかに相手と接することばかり意識して、なんだかよく分からないまま1日が終わってしまった。

 

人からどう見られてもいいや。

相手がどう思うかはコントロールできない。

無理に好かれようとしても、どこかに無理が生じるし、最終的にはお互いにとって価値のない時間を過ごしたこととなるだろう。

 

本気で相手と接して、生涯付き合っていける仲間を作っていきたい。

 

その過程でまわりを傷つけず、上手に自分を出してのびのびと日々を過ごそう。

 

今日からは、自分ってこんな人ですよ。というのを少しずつ出していこう。

 

さらに、相手に興味をもって、その人が何に喜び、怒るのか知ろう。

 

居心地の良い場所とは、もう別れたんだから。

後輩の夢を見てる場合じゃない。

新しい場所で、新しい出会いを大切にやっていこう。