小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

やるべきことが多すぎて、いつまでも夢見ている大人達へ

大学1年生の夏、初めてギターボーカルをしたのが、HYのこの曲。

最近、この曲を聴くと、なんともやる気が出て来る。

 

歌:HY
作詞:HIDEYUKISHINZATO
作曲:HIDEYUKISHINZATO
まだ見ぬ未来を知りたい 信じたい
夢見たい 感じたいけど
目の前は見えてるのに
先の事は見えなくて
答えなど先の事など待ってたんじゃ
見えてこないさ
君がそれでいいなら
君がここでいいなら

※迷わず行けばいいさ
きっと いつか 見える はずさ
君が輝いていれば
今も夢は近づいている
荷物を投げ出して
泥まみれになったって
時は過ぎてゆく自分が見えなくなってく※

答えなど先の事など待ってたんじゃ
見えてこないさ
君がそれでいいなら
君がここでいいなら

(※くり返し)

もう一度会いたくて
このままじゃいけない
たった一つの夢を たった一つの心で

△Keep on going
an your dream come true
君は今 何をしてるかな?
Keep on going
an your dream come true
まだ見ぬ全てを信じて始めようか△

少しの隙間風なのに
嵐のように聴こえてんだよ
帆は広げているのに
めいいっぱい広げてるのに
風をつかむ事が出来ずに
目の前は同じ景色ばかり
古いページ開いてみた
こんなにも素敵な時が
たった一つの夢を たった一つの心
たった一人の僕の花を探しに
駆け出した!!

(△くり返し)

 

未来に対する不安。

それに立ち向かう勇気を過去からもらう歌。・・・だと思ってます。

(ファンの方、適当な解釈ですいません。)

 

これ、今の自分にドンピシャで、聞いていると奮い立てるんです。

HY 隆福丸 - YouTube

 

しかし、当時の私はというと

この歌詞を見た時
「うわ、若!」
「青臭いな〜」
「泥臭くて、ダサい」

などなど、至って冷めた反応を示したものです。

 

日常が忙しくなると、夢見る時間もなくなってしまう。目の前のやらなければならないことは、嫌という程見えるけど、それが自分の未来に繋がっているのか、実感がもてない。

そして、現状が自分の思い通りにいかないと、自分の過去まで否定したくなる。これまでの歩みがバカバカしいものに思えてくる。

 

でも、最近、幸創のマインドフルネスで自分の過去を思い出す時、本当に嬉しかった瞬間、輝かしい時を思い出す癖をつけようとしています。

今までの私は、過去を振り返るとき、失敗したことや、後悔していることを思い出す癖がついていました。

これは、失敗を避けるために必要な作業なのかもしれませんが、これをやると「今」を楽しめないんですよ。したがってモチベーションも生まれないという…。

 

 

過去の失敗を振り返り、未来に備えるというのは、一見前向きなようで、前向きではないことに最近気がつきました。

こうした習慣は危険から回避する発想しかなくなってくると感じているからです。

人生における本当に前向きな姿勢とは、

リスク承知で今を精一杯楽しむこと。

今を楽しむことは、リスクを回避するのではなく、乗り越えていくことになる。(いつか、今が過去の思い出になった時、輝かしい思い出となり、それが自分を勇気付けるから)リスクを乗り越えることこそが、夢見た未来に繋がっていると信じて疑わないこと

…なんじゃないのかな、と。

はたから見ると、愚直で視野が狭まったまま暴走している状態で、危なっかしくてしょうがなく見えるでしょうね。

 

「夢見る」という行為はそれだけでリスキーだと感じていませんか?夢が叶わなかった時、自尊心が傷つけられて、立ち直れなくなるのではないか、と。

現実の自分を嫌というほど突きつけられるから…。

 

だから、ある意味、

夢を見ないことが「夢を見ている」状態

なのかもしれない…と最近では思います。

 

自分の夢の実現のために走り出さなければ、

「本当はもっとできるはず」

「本気を出せば、自分はこんなもんじゃない。」

そういう逃げ道を残しておける。

これって小学生がドラゴンボールのごっこ遊びをしているのと変わらないんじゃないかな。

本当はかめはめ波だって打てるという妄想をして、自分が最強だと思っている状態だと思うんです。

 

行動を起こさない限り、「もっと輝けるはずの自分」をいつまでも夢見ていられる。

 

 

だれしも人生において、ゼロリスクなんてあり得ない。

ありもしないゼロリスクを求めて、何も行動を起こさないことこそ、本当の意味でリスクを負うことになるのではないでしょうか。

 

本当の自分を知ることもなく、本当の自分を受け入れることもできずに、一生を終えることは、なんとも寂しくないだろうか。

 

「 夢見る」と、皮肉なことに現実の自分を思い知らされる。

夢を見ることもせず、やるべきことをこなしていると、本当はもっと輝けるはずの自分を「夢見る」

そして、輝けない原因を行動を起こさない自分ではなく、周りの環境のせいにする。「家族を養うために、歯を食いしばって嫌なことを耐えてるんだ」てな具合に。

あるいは、「まあ、なんだかんだ言っても幸せだよなあ」と、現実を肯定し、自分の夢を忘れようとする。

 

夢を見て、自分と向き合い、課題を知り、乗り越えるための努力をすること。

これは、決して「夢見がちなイタイ大人の姿」ではなく、「現実を前向きに生きる大人の姿」だと思う。

 

大学一年生の自分に言いたい。

「いい加減目を覚まして、夢を見ろ!」

「夢を見て、現実を生きろ!」

と。

 

混乱するだろうなあ。当時の自分は(笑)