小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

自主性と主体性

以下のような学級通信を書きました。

題は…

 

特に嫌なことがあるわけでもないけど、なんとなく、日常がつまらない君へ

 

自主性と主体性
この言葉、似てるようで全然違う。

先生のとらえは、次に記す。

自主性は、「やらなければならないことを先回りしてやる」態度。
例えば、漢字テストでいっつも0点をとっている人がお家の人に「漢字練習しなさい」と言われる前に、漢字練習を自分からやる。
いわゆる「いい子ちゃん」。「優等生」。

主体性は、「やりたいことを実現するために課題を見出し、リスクを恐れず自分で行動する」態度
例えば、漢字テストでいっつも0点をとっている人が、自分自身がどうしても漢字テストで100点とりたいから、漢字練習を自分からやる。

どちらも、「自分からやる」ということに変わりはない。
しかし、この2つは決定的に異なる。
その違いは、モチベーションの出所だ。

行動原理が違うと言ってもいいかもしれない。

自主性がある人は、誰かの思惑を気にして行動する。
上記の例で言うと、お家の人に怒られたくないから、褒められたいから漢字練習をするんだろう
常に誰かの評価を気にして行動していくことになる。
人からどう見られるか想像する力も大切だが、他人の評価を最優先して生きるのは、オススメしない。
周りの人に認められているうちはいいが、どんなに頑張っても周りの人に認められないこともある。
例えば、頑張っても頑張っても、漢字テストで95点しか取れない。
でも、お家の人には、なんで100点とれないんだ!!と怒られる。(まあ、そんな人そんなにいないと思うけど)
そんなとき、その人はどうなってしまうんだろう。
もっと頑張ってしまうのだろうか、それとも自信をなくすのだろうか。
どちらにしても先生から見ると痛ましい。

主体性がある人は、自分の思いを貫いて行動する。
上記の例で言うと、とにかくテストで100点とりたいからやる!
だれのためでもない、自分のためにやる。
きっと95点をとったら、まずは前よりも点が伸びたことに喜ぶだろう。
次こそ100点とってやる!とまた、頑張ることができるはずだ。
そして、そんな100点を取るまでの過程も楽しむんだろうな。

 

先生は最近、心底主体性をもって生きていきたいと思っているよ。

 

みなさんはどう?