小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

なんだか攻撃的になりやすい自称ポジティブな人は、いくつ不安を抱えているか、数えてみよう

昨日、自分の子どもに苛立ち、怒鳴ってしまった。

 

今思い返しても可哀想すぎた。

 

なぜ、あんなに怒ってしまったのか考えたところ、昨日はあらゆる場面で、なんだか苛立っていたことに気がついた。

 

車を運転しているとき

職員室での同僚の一挙一動が

クラスの子どもの失敗について

そして、我が子の失敗について

 

とにかく、腹が立って許せない気持ちになっていた。

 

なぜ、昨日は苛立っていたのか、その原因について考えた。

なぜだか、落ち着かない不安な気持ちだった。

不安の出所が分かった。

 

その日、体育部として放課後に職員に協力をお願いして、バスケットゴールを動かさなければならなかったのだ。

 

しかも、これはとある理由で突然舞い込んだ仕事で、体育部的には

「別に動かさなくていいじゃん。」

という気持ちを押し殺しての仕事。

 

つまり、自分でその時、思っている以上のストレスがかかっていたのだ。

突然、仕事を振ってみんなに嫌な顔されたくない。管理職が一言みんなに声をかけてくれよ!という不満。

何より自分自身が必要と思ってもない作業を他の職員に強いるストレス。

 

最近、ギバーになるべく思考の変化を自分に強いている。

何事もポジティブに。

「誰かの役に立てればいいじゃないか」

と。

 

しかし、今回の件で、本当の気持ちを誤魔化そうとすることで、自分の感情の出所が分からなくなるということがあることが分かった。

 

実際、昨日は自分が何に苛立っているのかが分からなかったのだ。

これはある意味、自分の思考に変化が生まれて来て、デフォルトの感情、思考を誤魔化すことができていると捉えることもできるのだが…。

 

ストレスをストレスと気がつかずにやり過ごすことは非常に危ない。

 

自分のストレスと向き合い、前向きに解決していかなくてはならない。

 

昨日のバスケットゴールの移動については、

 

「よし、まあ校長が言ってるんだし、子どもたちのためにもなるだろうから、バスケットゴールをどかせばGIVEしたことになる!」

 

と思い込むのではなく

 

 

「バスケットゴールを移動かー。安全面で言えば、特に必要ないけど、心配なら安全面に配慮した方法は他にもあるから、提案してみよう!その方が、職員のみなさんに手伝ってもらわなくて済むし。」

 

と、考えれば良かったのだ。

 

相手に頼まれたことに、笑顔で応えることが必ずしも、GIVEすることにはならない。

 

相手の問題を自分ごととして真摯に向き合い、誰にとってもより良い最適解を考えることが本当のGIVEだ。

 

自分を殺すことがGIVEではないのだ。

 

考え抜いて、自分も含めた、人のためになると心底信じられることに全力を注げばいい!

 

ただ、自分と他者のニーズがトレードオフの関係性となってしまうかどうかは、自分のニーズ次第だ。

 

今回の件だったら、自分のニーズは職員への負担は無くした上で、校長の問題を解決することだったのだ。これは、校長や、他の職員とニーズは同じはずだ。

 

昨日の一件は自分の生き方を考える上で貴重な1日だった。

 

こうやって思考することで、得られることは大きい。もっと言えば、ただ頭の中だけでモヤモヤ考えているだけでなく、こうして文章で書き出していくと自分の思考が明確になってくる。

 

ブログに日々、感じたこと、考えたことを書き出すことは、自分を知る上ですごく価値があると改めて感じた。

 

この記事を書かなければ、

「昨日はなんか一日中イラついて、ダメダメな一日だったなぁ…」

と呟いて終わりだ。

 

この記事を書いたことで、

「自分の成長のターニングポイントとなる1日」

と、今は価値付けすることができている。

 

不安なことがあれば、誤魔化さず真剣に向き合って、こうして文に書き起こして考えよう。

そして、自分も含めたみんなが幸せになる方法を真剣に考えよう。

 

その方法を関わりがある人に伝えて、自分の提案を受け入れて貰えれば最高だ。

 

そのために、まずは不安をいくつ抱えているか、数えてみる。

その上で1つ1つ真摯に向き合い、自分と他者を大事に前向きに解決していく姿勢が必要だ。

抱えきれない数の不安があるなら、信頼できる相手に相談すればいい。

 

それにしても、

うーむ、アサーションへの道は程遠い。