小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

自分のGIVEの定義

ふたせんさんの学びの会。

効果抜群ですね。

 

頭の中はこの会のことばかり…

 学ぶことにワクワクした1日 - 小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

 

自分の学びの浅さを思い知る。

参加者の方にとっても何か得るものがあるものにしたいのだが…

果たして今の自分がDAFLの方にGIVEできるものってあるのだろうか…

 

昨日、Nさんとの電話で、

「相手が喜ぶことをなんでも与えていいのか」という問いが生まれた。

 

「近視的にみると喜んでもらえることでも、長期的にみると、相手のためにならないこともある」と。

確かに、例えば相手が喜ぶから宿題を出さない。というのは、GIVEとは言えない。

 

・・・が。

 

そもそも、自分の中でのGIVEの定義とはなんだ?

 

◯基本姿勢
授業の中で、校務分掌の仕事、学年の仕事の中で与えられるものがないか、考える。
そのとき与えられるものがあれば、与える。

◯何を与えるのか
自分だったら喜ぶこと
相手が喜んでくれそうなこと

 

 

つまり、

自分が他者に与えようと考えるとき、どんなことなら与えてOKだと思うのか、そして、それはなぜそう思うのか。

ここをもっと深ぼらなければ見えてこない。

 

自分だったら喜ぶことなら与えてOKと思うのは、相手と共感できるところを探す目的もあるのではないか、と思った。

 

また、「相手が喜びそうなことを与える」というと、文字にするといかにも他者に迎合することに繋がりそうだ。

しかし、そこは自己犠牲ではなく、他者志向性によるものだという自負があるので、問題はないか。