小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

自分を俯瞰しながら、行動していく

PDCA

 

計画

実行

評価

改善

 

 

こんな風に一つ一つのプロセスを丁寧にこなしていくと、変化に対応できない。

だから、ひたすらDADADA。

実行、改善を3回やってみて、見込みがなさそうなら、撤退する。

 

こんなことを、藤原和博さんが

この本で述べている。(あってるよな・・・)

 

 

35歳の教科書―今から始める戦略的人生計画

35歳の教科書―今から始める戦略的人生計画

 

 

これを読んだとき、確かに!

と、思ったが、よく考えると

「とりあえず行動し、とりあえず改善しそうなことを変えて行動する。」

こんな風に、改善しそうなことをその場の状況に応じて見出し、行動していくって、我々教師は常に、子どもと相対するときにやっている気がする。

 

子どもの反応を見ながら話を進めるし、授業を進めるし、児童指導する。

 

重点研究で指導案をガッチガチに固めてきた授業が微妙な感じで終わることがある。

こうした現象は、教師側の意識が「子どもをなんとか指導案の流れに誘導したい」と思うことから起こるのではないか。

そして、そういう教師は予測不能な子どもの反応に対応しきれず、流すか、潰すかして、まるでブルドーザーのように授業が押し進められる。

 

そりゃあ、微妙な感じで終わるわ。

 

授業のねらいは明確にする必要があるが、それ以上に「子どもと対話しながら授業を進めていく意識」をもたないと、ねらいを達成するための仮説を検証できない。

もっといえば、無理やりこちらのレールに乗せることぼかり考えていると、そもそも仮説(ねらい達成のための授業構成)を検証しようとする思考が抜け落ちる。

 

授業の際、指導案通りにやることを考えている状態は視野が狭くなっている状態だ。

視野を広く、自分を含めたクラス全体を俯瞰して、授業を進めていくとき、まさしくDADADAを繰り返している。

子どもの反応を見ながらその場で、投げかけを変えたり、アプローチを変えたり、授業の構成を組み立て直したり…

授業を進めている際、子どもの反応によってじっくり計画し、実行した結果得られた子どもの反応をチェックして、評価を吟味している暇はない。

 

結局、常日頃から自分を俯瞰して見る癖をつけるしかないのではないか。

何ができるか考え(P)、行動した結果をその場で評価する(C)精度を上げていくために。