小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

研究授業を参観して、自分が何を与えられるか

今まで、何を持ち帰れるかばかり、考えて授業を参観していたなあ、と実感しました。

 

タイトルのように

「放課後の研究協議会で、授業者の先生に何を与えられるかな」

 

と考えながら見ると、全然違った見方、考え方が生まれる。

 

「この先生は、何についてアドバイスが欲しいのだろうか?」

と、まずは指導案を見返しながら考えることができたし、何より自評をはやく聞きたいと思った。

 

そした、

 

「そもそも、授業者の先生は、私からアドバイスを求めているのだろうか?」

 

自分に与えられるものが、あるかどうか以前に、ここを考えなければならない。

 

今までは、ただ、気づいたことをガンガン指摘していたが、そんなの相手の頭に入らない。

人は聞きたいことを聞く、と何かの本を読んだ。

 

だからこそ、与える前提として、

まずは、相手が欲しているかどうかかんがえること。

欲していなければ、相手が欲しがるように誘導する必要がある。

 

だから、相手のインプットを促すために、ただ正論をいうのではなく、伝え方を工夫する。

ここの部分が、アサーションとぶつかるところだ。

相手がアドバイスを欲しがるように誘導し、自分の意見を聞こうとするように促すことは、攻撃的な自己表現に含まれる。

 

あっけらかんと、

今からいうことは、僕が感じたことで、授業を批評するものではないから、気を悪くしないでね。

 

と言って、思いのまま感じたこと、考えたことを相手に伝え、相手もそれに対し、思ったままのことを伝えてくれれば、気持ちがいいだろうな。

 

そのためには、日頃から、相互のアサーションの積み重ねが大事なんだろうなー、と改めて感じました。