小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

あえてのスルー

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大縄やっちゃいました。

 

昨日の出来事が

 今さら - 小学校の先生を120%楽しむ毎日

まるでなかったかのように…

 

朝クラスに行くと、昨日の推進派の子たちが神妙な顔で何やら話し合っています。

 

「どうしたの?」

 

と廊下に呼び出し事情を聞くと

 

大縄の件で、みんなに謝るかどうかでもめていたとのこと。

 

 

「私たちが、無理やりやらせてたのかなぁって…」

「結構強引に誘っちゃってたし…」

昨日の一件がショックで、自分たちを責めている一派と

 

一方、

「えぇ!?嫌なら言えばいいじゃん!練習だって、なんだかんだサボってたしさあ!」

「しかも、記録出た時は、喜んでたし、こないだの大縄集会じゃ悔しがってたじゃん。」

「大縄が楽しくないって、楽しめるように自分が変えればいいじゃん。なんでお客さんでいるんだよ。」

 

と、昨日の一件が怒りに変わっている一派…

 

 おお、昨日の自分の葛藤が具現化されている…

と妙に感動してしまいました。

 

結局、

「謝っちゃったら、もう大縄やらないんでいいんだ。って流れになるんじゃない?」

という、怒りの一派の言葉で

謝ることはとりやめ。

 

そして、朝の会。

「先生、昨日の◯◯さんが大縄やめるっていったことについて、質問してもいいですか?」

と案の定、子どもが言ってきました。

 

実は、彼に対する返答は考えてきました。

 

「それは、公の場じゃなくて、自分で気がすむまで本人に聞いてごらん。」

 

どうでしょう?

 

 昨日は、

「みんなの前で説明する責任がある!」

と思っていましたが、プロジェクトを降りるとき、会社を辞めるときにわざわざこんなことしませんよね。

 

全体の場で、1人に対し、

「なぜ、大縄をやめたのか」を問い始めると

そこは、もはや裁判所だと、昨日頭を冷やしてようやく気づけました。

 

こんな当たり前のことに気づかず、横暴に振舞えてしまうのだから怖い。

 

そもそも自分の人生を生きろとあれほど言っていたのに、

「集団の輪を乱しやがって!」

という今回の怒り。

 

その源泉は…

 

「あとちょっとで、400回いける!そうすれば、子どもたちにとって忘れられないクラスになる。つまり、俺がいいクラスを作ったっていうことになる!」

 

という下心満載の泉。

 

だからもう、彼を責めるのはやめました。

 

でも、その代わり…

 

なし崩し的に大縄をやらせちゃう☆

 

なぜそんな結論になったかというと

学級通信を書いていて、次のことを◯◯さんに問いかけ、伝えようとしている自分がいたからです。

 

1つの仮説

「自分のキャラを守ろうと意地になってない?」

 

 

私(アドラーさん)の考え

「自分の喜びには、他者の喜びが不可欠。」

 

つまり

 

「自分もある程度楽しめて、他の人も喜ぶことなら、ガンガンやらんかい!」

 

という結論にいたりました。

 

そして、即行動。

「なし崩し的に大縄やらせちゃおう作戦」

 

 実は朝の大縄推進派の話し合いで、

テストの後、

「いつも通り大縄やります」ってみんなにいいなとアドバイスしました。

「え、◯◯さん、来ますかね?」

と、さすがに心配そうにする子どもたち

 

「いや、安全面で1人だけ教室に残すわけにいかないから、校庭に出ることくらいは付き合ってもらうよ」

 

「そっかぁ!」と喜ぶ子ども。

 

「でも、外に出ても、見学するかもよ」

と私。

「まあ、どうやって大縄の輪に入れるかはみんな次第だね。」

 

と丸投げ。子どもたちは再び緊張した顔に…

 

そして、その時が来ました。

テスト提出した人から、校庭に行ってください。

 

最初、◯◯さんは、

みんなが出て行った後も、黙々と机を整えていました。

 

もうね、この時点で自分の仮説があっていると直感しました。

 

でも、私は黙々と事務作業を机でバリバリこなしているフリ。

 

そして、校庭からクラスの子たちの声が聞こえたのをきっかけに

 

「あ、まずい、もう外に出てる!◯◯さん、もういいよ、行こ。」

 

と当たり前のように言いました。

 

「あ、はい…」と◯◯さん。

 

 

そして、その後…

 

みんなと円陣を組んで

大縄に取り組みましたとさ…。

 

 

今回のエピソードで得た教訓は

 

何事も白黒はっきりしようとすると自分も子どもも追い詰める。

 

選択と決断を子どもに迫る時は慎重に…

 

ということでした。