小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

卒業を祝う会

書いてたことが消えてる!

途中からになっていて意味不明!

最悪だー。

 

以下、書きたかったことです。

 

 

卒業を祝う会。

 

どこの学校にもあるのでしょうか?

 

6年生が企画して、自分たちの成長を祝い、お世話になった方々に感謝を伝える。

 

そんな会です。

 

毎年、劇やら歌やら、ソーラン節やらを来ていただいた保護者の方々、先生方にお見せするのですが…

 

これ、どうなんだろう?

 

もはや、行事化してるし、子どももやるもんだと思ってる。

 

今年は私がこの「卒業を祝う会」の担当で、

子どもの企画をサポートしてきたつもりです。

 

が、やはり例年と似たような会になってしまいました。

 

正直、私が子どものころだったら、お世話になった方々に心の底から感謝を伝えたかったかというと、わざわざ企画してまでやらないだろうなー。

と。

 

まあ、そこの気持ちを持ち上げるのも教師の役割かもしれませんが、どうしても、やらせている感が拭えない。

 

あと、この会と10歳を祝う会の差別化ができませんでした。

いや、むしろ10歳を祝う会の方がコンセプトからして感動的なのでは?

 

プログラムは以下の通り。

 

1.ソーラン節(6年生の自分たちの再現)

2.組体操(5年生の自分たちの再現)

3.劇(4・3年の自分たちの再現。)

4.スライドショー(2・1年生の自分たちを俯瞰して見る。)

5.合唱三曲(感謝の気持ちをこめて)

・今咲き誇る花たちよ

・明日へつなぐもの

・最後の一歩、最初の一歩(間奏で、教師への感謝の呼びかけをサプライズで)

6.保護者の皆様ありがとう!のよびかけ。

7.教員から子どもたちへ、サプライズスライドショー

 

 

 

こうして見ると、ほぼ自分たちの成長の振り返り。

 

 やっぱり感謝の比率は低いかな。

教師への感謝の呼びかけ、セリフ揃わずにグダグダでしたし。まあ、当日の中休みしか呼びかけ練習してないから当然ですが…

 

ある程度成功したとは、思うのですが…

 

正直、感動がない。

 

 

最初に6年生をもったときも、卒業を祝う会を担当させていただいたのですが、その時は、今以上に丁寧に子どもに手取り足取りフォローし、抜けも少なかったです。

でも、子どもの主体性はほぼ無視してたな。とにかく、会を無事に終えることしか考えてなかった。

 

かといって、今回も子どもの主体性をフルに引き出せてはいない。

子どもに見通しをもたせ、行動を促しても、よく抜ける。そして、叱る。縮こまる。という悪循環。

 

自分の成長のなさに苛立ちました。

 

そんなモヤモヤを6年生を送る会の最後に、学年の保護者、先生の前で正直に話をしました。

 

以下、話した内容です。

 

 

会場のみなさま

本日の卒業を祝う会はいかがだったでしょうか。

私は担任なので
客観的に見えません。

どの子も頑張っているようにみえて仕方ない。

今まで支えてくださった方々に

 

感謝

成長を伝えたい

その思いから、

自分たちで企画して、今日まで子どもたちで準備してきました。

…まあ、私も相当、口出しはしましたが…

こういう会を子どもたちと作っていくとき、

一番の悩みは、どこまで子どもの判断に委ねるかです。

あれこれ、口出しをしていくうちに、

これは、子どもたちにやらせているだけで

本来の子どもたちが

「やりたかったこと」が

「やらなければならないこと」に

変わっていっている気がしました。

今日この会で、子どもたちの態度、姿勢、表情、そして目をご覧いただき、

子どもたち自身が、

自分たちの成長を喜び、新たな成長の場に旅たとうとする前に、今まで支えてくださった方達に感謝を伝えようとしていることが少しでも伝われば

この会が形だけでなく

子ども一人一人が

感謝の気持ちと、成長を精一杯

表現する場であったんだと思います。

 

いかがでしょうか、皆様。子どもたちから気持ちは伝わりましたか?伝わった方は盛大な拍手を!

(パチパチパチ。拍手せざるを得ない空気)

 

 

うーん、我ながら鼻につきますね。

 

最後の確認はいらなかったなー。

 

 

そして、この後、各クラスで懇談会がはじまります。