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小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

教師の通信簿

教師にとっての通信簿は

「クラスの子どもの様子でしょ。」

これが大方の見方でしょうか。

 

しかし、地道にずーっと子どもたちの様子を観察しなくても、子どもがクラスを公に評価する(振り返る)場面を用意することで、子どもが担任をどう評価しているか、読み取れることがあると思います。まあ、読み取れるというのは、あくまでこちらの主観になりますが…

 

 

今回はそんな一例をご紹介。

 

私の勤務校では、

卒業式も子ども主体で行います。

 

そのため、入場の際も5年生が、

「何事にも全力で取り組んだ1組!学級目標は、◯◯。今、入場します」

と言った具合に

入場を促す場面があります。

 

今日は、朝一で子どもから

入場の前振り(何事にも全力で取り組んだ…の部分)をどのように言ってもらうかを、6年生から5年生に依頼しなければいけないので、時間を取って欲しいと、相談を受けました。

 

早速、学級会開催。(特別教室の使用予定と重なっていない限り、なるべく子どもの話し合いしたいという声には応えるようにしています。主体性発揮のチャンスだと思うので)

 

そこで、まずは自分のクラスをどう思っているのか、発表していくことに…

 

すると、クラスの7割以上が発言しました。

子どもの発言は以下の通り。

 

「発言すると、みんなが相槌をうって話を聞いてくれる」

「みんなを巻き込んで何か始めようとする人を応援してあげる人が多い」

「みんなが呼びかけに応えてくれる」

「やると決めたことを諦めずに全力で取り組む」

「思いついたことは、何でもやってみる」

「授業もみんなでつくっていけるところ」

「自分たちで何でもやろうとするところがいい」

「なんか…自由。変な自由じゃなくて。メリハリもあるっていうか…」

「1人はみんなのためにみんなは1人のために動けるクラス」

「なんか、うちの教室に入ると落ち着くっていうか、自分の家のような気がしちゃって…」

 

うーん、ここまで自分で書いてて恥ずかしい。

「そんなにいいクラスだったっけ?」という疑問は心の中にしまいつつ…

話の矛先は担任へ移っていきました。

 

「最初はうわー、めっちゃ怖い先生じゃん、みたいな。みんなで話してたんですけど…でも途中から、何これクラス楽しい。…っていうか先生が面白かったっていうか…(照れながら)」

「他のクラスの人とかだと、前のクラスの方が良かったとか今の先生やだとか言ってる人がいるけど、(さりげなく、爆弾情報)

うちのクラスの場合は、絶対全員かどうかは分からないけど、みんな先生のことを『愛してる』っていうか…」

(クラスのほとんど爆笑。「『慕ってる』だろ」とツッコミが入る。和気あいあいとしたアットホームな雰囲気へ)

 

しかし…

 

その時、数名の女子の死んだ魚のような目を目撃しましたよ。

少数派(だと信じたい)のアンチの存在が浮き彫りになりました。

 

 

以上のエピソードから考えたこと 

 

1.クラス全員が最高のクラスと思っているクラスってあり得るの?

 

全員が楽しめて自分のキャラを活かせるクラスは存在するのだろうか?

人が集まったとき、全員がメインストリームになることはあり得ない。それぞれがそのキャラにあった役割を演じることになる。

その割り振りを担任が意図的、計画的にすることで、一人ひとりのキャラを活かし、満足度が限りなく高いクラスになるのだろうか。

 

 

2.アンチにとって、どこが嫌だったのか

 

やはり、死んだ魚のような目をした女子の顔が忘れられません。

 

いったい何が不満なのか…

原因は何なのだろうか。

よし、推理しよう。

 

先ほど、クラスのことをどう考えているか発表する場面で、彼女は真っ先に手を挙げていた。

そして、クラスのことについて、「みんなたまに羽目を外しすぎるけど、盛り上げてくれて好きだ」と言っていた…

 

ということは…

 

 

担任が原因\(^o^)/

 

あんな、目をするんだなあ。本当に死んだ魚のような目とは、よく言ったもの。

無でした。無。

 

どこが嫌だったんだろうなー。

 

怒り方?

私のキャラ?

顔?

 

決定的なミスをどこかでしたはず。

考え出すとキリがない。

死ぬほどネガティヴになってしまう。

 

こうなると

「みんな『先生を愛してる』っていうか…」

という嬉しい言葉より

「絶対全員かどうかは分からないけど」の部分の方が頭の中で鳴り響きます。

 

あー。やだやだ。

 

でも、実は。

自分のこのネガティヴさは、強みだと思ってるんです。(嫌ですけどね)

少なくても、

 

「空気的には、ほとんどの子どもが吾輩のことをのことを慕っておる。数名の女子のアンチなど恐るるに足らぬわ!ガハハ!」

 

みたいな。

こういう豪胆な人って、どんどん勘違いしていくと思うんですよね。

そこは、大雑把じゃだめだろ…と。

だって、考えてみてください。

自分が嫌いな上司が、職場のほとんどの人間に慕われていたら。最悪じゃないですか。

だれに、そのやり場のない怒りをぶつければいいのか!職場の人間に話しても、わかってもらえないでしょうし、私なら大学時代のバンド仲間かなー。

でも、これが子どもだったら誰にそのやり場のない気持ちを話すのか…

 

それは、もちろん親でしょう。

 

良いところより、ヤバいところに目が行くのは、利点の方が多い気がします。

 

私は基本的に楽観的で大雑把です。

でも、なんだかんだ今まで無事にこの仕事をやってこれたのは、私のネガティヴさの賜物だと思っております。

 

ネガティヴ最高。

わーい。

でも、卒業まで、この件は引きずりますね…

 

はー。