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小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

校内の重点研究

「学力」の経済学を読んで

 「学力」の経済学 - 小学校の先生を120%楽しむ毎日

 

校内重点研究に関して、以下の疑問を感じました。

 

①校内で完結する研究なんてあり得るの?

トレードオフの発想はないの?

③授業作りよりもまず学級づくりじゃないの?

 

 

 ①校内で完結する研究なんてあり得るの?

 

多分あり得ないですよね。データが圧倒的に足りないはず。

そもそも、校内の重点研究は、「研究」ではなくて、研修の意味合いが大きい気がします。

 

4月

「みんなで、この教科をこんな風に頑張ってやってみよう!」

 

2月

「いい感じだったよね!子どもの目が輝いてた!大成功!で、来年度なにする?」

 

みたいなノリ。

 

自分たちの取り組みが子どもにどのような影響を与えたかは、ほとんど主観で結論が出されます。

エビデンス(使ってみました)に基づいて出される結論では、ありません。

 

本気で、校内で「研究」するなら、「重点研究の取り組みをするクラス」と「取り組まないクラス」を比較しないといけません。

 

といった主旨を重点研究の推進委員会のみなさんに伝えたところ

「こっちが良いと思ってする取り組みを出し惜しみするなんてあり得ない!」

「みんなが年一回授業研究するから、みなさんの力が高まっていく」

と返されました。

 

………

 

「はい。」

 

としかいえない。

やはり校内の重点研究は、発想としては校内研修の延長なんですよね。

「みんなで勉強してきましょう」

っていうね。

それならそれで、やり方を変えないと非効率です。

 

アウトプット(試行錯誤して授業)

インプット(講師の先生の評価)

 

ほとんどの方は例えるなら、かけ算の九九をしらないままとりあえず、因数分解に取り組んで、答え合わせするようなもの。無謀です。

 

インプット(様々な実践を知る)

アウトプット(目の前の子どもたちにフィットするか、実践して確かめる。)

 

上記のように、まず自分たちで試行錯誤するのではなく、いいやり方をたくさん知り、状況に応じて取捨選択し、実際試してみて微調整するのがセオリーかなと。

インプットが圧倒的に足りないと感じます。

 

ちなみに

『「学力」の経済学』によると

 

教員研修が教員の質に与える因果効果はないという結論が優勢です。

 

だそうです。

 

……

 

…チーン。

 

 

トレードオフの発想はないの?

 

重点研究がなくても仕事いっぱいいっぱいのところに、プラスアルファで重点研究をするというのがそもそも無茶。

プラスアルファで何かを始めるなら、何かを削らないと。

長年、そう思っていましたが、赤坂真二先生のこちらの記事アクティブ・ラーニングを阻害する「部分最適」という病 - 赤坂真二直伝!主体的・協働的な学びを引き出す教師のリーダーシップ - 明治図書オンライン「教育zine」

を見て、確信しました。

仕事量を度外視して、何でもやればいいってもんじゃないと。

 

余裕がない教員が重点研究なんかに取り組むと学級は崩れていきます。初年度の私がそうでした。

 そもそも、学級経営だけでもやることいっぱいですからね。(下図参照)

 

f:id:kengobonbei:20170212193518p:image

 

まあ、もちろん重点研究と学級崩壊の因果関係のエビデンス(この言葉を使いたいだけ)が示された訳ではないのですが。しんどいことに変わりはありません。学級経営がまともに回ってないところで、重点研究なんてものを導入するのは、誰にとっても学びのないものになると思います。

 

 

③授業づくりよりもまず学級づくりじゃないの?

 

これは、もうそのまんま。

学級ができてないのに、授業は成り立たない。

極論すると、どんなに授業がつまらないものでも、学級経営がしっかりしていれば、授業はとりあえず成り立ちます。(価値ある授業かは別として)

 

 

ちなみに、私は研究主任2年目です。

さんざん文句を言いましたが、実は重点研究大好きなんです。

 

でも、重点研究を全員に強制するのは無茶だと思うのです。

余裕のある人が趣味的な感覚でやらないと、なにも得るものがない。

何のエビデンス(すいません、使い過ぎですね)もありませんが、私はそう思います。