小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

受験組復活

クラスの雰囲気が次のように変わった。

 

①騒がしい

②集団の意思決定が減速

③一人ひとりの考え、感情がよりオープンになった

 

 

①に関しては、人数も増えたし、受験も終わってテンションも高いし、当然の結果とも言える。

それでも数の力を感じる。

集団がすごく元気でパワフルだ。

 

②これまた、人数が多くなったせいもあるが、やはり受験組のキャラによるところが大きい気がする。

何ごとにも、わりと突っ込んで考えたり、こだわって話をする子が多い。

「みんなでこれやろー!」

「おー!」

とはいかない。

「みんなでこれやろー」

「いや、いいけど、その前にこれをやってからの方がよくない?」

「だったら、同時にあれもした方がいいんじゃない?」

「いや、それはさすがに」

のような感じで、一つひとつの物事をしっかり吟味してくれる。

ありがたい時もあれば、じれったい事も…(笑)

 

そして、新鮮な驚きは③

①にも関わる事かもしれないが、とにかく反応が分かりやすくなった。

今日の席替えの時などは凄かった。リアクションの嵐。おしゃべりの嵐。

人数の増加で指数関数的に活気がドカンと出てきた感じ。

 

私は常々、少人数学級になれば、一人ひとりが考えをもっと言いやすくなると信じて疑わなかったけど、どうもそんな単純なものでもないようだ。

 

人数が少ない状態は集団における一人ひとりの役割が大きくなっている状態だ。それをプレッシャーに感じ、牽制し合う空気がここ最近確かにあった気がする。

 

授業においても、活気がある。

単純に人数が増加したからとも言えるが、プレッシャーを感じずにのびのびとやっている気がする。特に、ペア学習のときに顕著だ。

 

ペアになって自分の考えを共有する対話活動では、立歩きオーケーにして、自分からが伝えに行く相手を探しに行くように指導している。

ここ最近、そうした場面で自分から考えを伝えに行かなかった子も、今日は自分からペアを探しに行っていた。

 

私は対話活動によって、お互いの考えを深めていくには、絶対に現行の1クラス分の人数÷2くらいの人数の学級が良いと思っていた。

自分の考えが述べやすくなり、傍観者にまわる子どもが減り、それぞれの考えを吟味する時間的余裕も生まれると思ったからだ。

 

しかし、少人数になったらなったで、かえって牽制しあい、自分の考えが述べづらくなる空気が出来上がる気もする。それが今回の一件でなんとなく想像できる。

 

1クラスの人数が減っても、一定の割合で傍観者にまわる子は出てくるし、お互いの目を気にして牽制しあう場面も出てくるのだろう。

 

 

ただ間違いなく少人数の方が個々の見取りはしやすく、支援もしやすいだろう。

そこだけは疑いの余地がない。

と思うのだが…いつまでこの人数でやってくんだろうか?