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小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

未来を語れる喜び

今週は、なんだか怒涛のような一週間。

書くことがあり過ぎて、記事を整理している最中です。

 

 

さて、差し迫った問題の1つに明日発行の学級通信について。

 

 

子どもには退屈な話ですかね?

親はどう感じるかな?

 

 

不安になったので、載せますね。

ご意見いつもお待ちしてます。

 

 

 

いま、みんなの卒業文集を読ませてもらい、1つ思ったことがある。

 


それは、

 

 

「つくづく先生はみんなのことを知らないということだ。」

 

 

 


先生たちはよく、「あの子は◯◯だからね」というふうに分かったつもりになってしまう。


でも、きっと先生が見ているみんなの姿なんてほんの一部。

 

しかも、その姿でさえこれからどんどん変わっていく。成長して行く。


成長は人間性の変容だ。そして、出会いや経験で変わって行く。

 

その人の根っこの部分は変わらないかもしれない。

 

けれど、先生たちはみんな「人は成長して変わっていける」という前提に、この仕事をしている(はず)。


先生たちが子どものことを決めつけて話すのは滑稽だ。

 

それを忘れて自分のクラスのことを全部分かったつもりになって、目の前の子どもを偉そうに語るような先生になりたくはない。


でも、時が経ち今の自分の思いが色褪せてしまうと、気づかないうちにそういう「ベテランの先生」になってしまう気がする。


だから、先生はそうならないように、同じ先生の仲間に宣言している。

 


「もし、そんな先生になってたらその時は遠慮なく指摘してほしい」と。

 

 

先生の仲間には

 

若い先生もベテランの先生もいる。

小学校の先生も、中学校の先生も、高校の先生もいる。

そして、一般企業に勤めている人もいる。自営業の人もいる。

 

 

職業も年齢も考え方もそれぞれ違うけど、1つ共通することがある。

 

それは

 

 

先生のダメなところをはっきりと教えてくれることだ。

 

 

 

 

みんなの文集に、小学校生活で得た仲間の話よりも、自分の未来の話について書いている人の方が多かった。

 

 

でも気がついているだろうか、未来を語れるのは仲間がいて、初めてできることだ。

 

自分が1人だと感じている人はとても未来のことなんて思い描けない。

 

未来のことを楽しそうに思い描くことができる。そんなクラスになったということだろうか。

 

 

だとしたら、先生はとても嬉しい。

 

こんな感じです。

 

うわー、浸ってますねー(笑)

黄昏てますねー(笑)

 

 

ご意見お待ちしてます