小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

勘違いしないでよね。

今度載せる学級通信の記事を公開します。

こんなことを日々子どもに語っています。

めんどくさい、鬱陶しい先生ですね。

本当に子どもたちは「いい子」でよく空気を読む子たちだから、付き合って聞いてくれるんです。

そんな子たちだからこそ、こういうことを語りたくなるんですよね。

子どもにはいい迷惑かもしれないけど(笑)

 

 

以下、学級通信の本文です。

 

 

 

 

木曜日の4時間目は久しぶりに語ってしまったね。
聞いてくれてありがとう。

やっぱり自分の考えを発信するのは楽しい。
授業で、いまいちそれを感じられていない人はもったいないよ。
一度や二度語ってみてもいいんじゃない。
実はみんな人が何を考えているのか結構興味があるものだよ。

さて、あそこで話した中でいくつかみんなの誤解を招くような
いい方があった気がする。
だから、言いたかったことをまとめてかく。

自分の時間を生きることは、大切だと先生は考える。
誰かの評価を気にして生きるのはとてもきゅうくつに感じるし、
面白い人生を送れる気がしないからだ。

ただし、自分のやりたいことを実現するために
みんなから評価され、信頼を得ようとするのはありだと思う。
みんなから評価されることが、自分のやりたいことを実現するための
手段になっているからだ。
しかし、繰り返しになるが、みんなから評価されることが、最終目的になってしまうと、
窮屈な人生になる気がするね。

とはいっても、自分のやりたいことを実現するためには、
手段を選ばなければならない。
「自分勝手に生きればいいんだよ」って言ってるわけじゃないからね。
そこは、「勘違いしないでよね」
誰かを傷つけたり、誰かを踏み台にして実現しても
うれしくもなんともないはず。

性善説性悪説という考え方がある。

「人は生まれつきは善だが、成長すると悪行を学ぶ」というのが性善説
「人は生まれつきは悪だが、成長すると善行を学ぶ」というのが性悪説

先生はどちらも信じていないけど、漫画や映画で見るような100%悪にそまった人間は
そんなにいないってことは経験上知っている。

つまり、ほとんどの人には必ず善い心がある。
だから、誰かを傷つけるとすごく嫌な気持ちになる。

ということは逆に、自分のやりたいことを実現することで、
喜んでくれる誰かがいれば、それは、最高かもしれないね。
「じゃあ、結局だれかを喜ばせるために、認められるために行動しろってことじゃん」
ここまで真剣に読んでくれた人はこんなふうに矛盾を感じるかもね。

人から認められたいという気持ちと、だれかに喜んでもらいたいという気持ちは
似てるようでその気持ちの出どころは全然違うと思うよ。

それは、また今度気が向いたら。

 

 

え、こんなの保護者も見るのに書いていいの?

そもそも文体はこんなんでいいの?

 

などなど、「ありえない」と思う方もいるかもしれませんね。

 

まあ、どう思われているかは知りませんが、今のところ何のトラブルもないですよー。