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小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

卒業式前日の学級通信

大変、恥ずかしいのですが、こんなの載せてみようと思います。いかがでしょう。

 

西村健吾先生の「学級通信の極意」という本を参考にしております。

 

 

この本は、西村先生の学級通信がそのまんま載っております。

 

さらに、その都度の学級通信を出す狙いについても説明され、学級経営の参考になります。

また、西村先生と子どもとのやり取りや、学級通信の中での

語り口調から、子どもの接し方が分かります。おすすめです。

 

さて、そんな西村健吾先生の学級通信を参考に書いた、卒業式前日の学級通信。

 

相当長いなこれ。A4用紙、フォント10.5で6枚分。

 

「これじゃあ、子どもも親も読まずに捨てちゃうかもね。」

「自分に酔っている感じがして、気もちが悪い。」

そもそも、こんな時期から、卒業式前日のことをねらうなんて不誠実だ。」

などなど 皆様の忌憚のない

ご意見、ご感想お待ちしております。以下、学級通信の内容です。

 

 

みんなへ 

この一年間、偉そうにみんなに言いたいことを言ってきた。
それでも先生は、今みんなに言いたいことが一つだけ残っている。

これで最後だから、どうか聞いてほしい。

この話をするには、ある男の話からはじめたい。
彼は、小さいころから決して器用ではなかった。何をするにも人の倍時間がかかる。その上、変にこだわりも強く、余計周りから取り残される。周りが楽しそうに歌っていても気分がのらないとまったく歌わない。「ほら、元気よく歌おうよ」と言われれば言われるほど、うんざりして、「なんで歌わなきゃいけないの?」と聞いた。彼が機嫌をそこね、必死で彼の気をそらそうと「今日のお弁当はなんだろうね?」と聞いてくれた先生に、「そんなの今関係ない!」と怒鳴った。気に入らないことがあるとすぐふてくされ、周りの呼びかけにも応じず静かに泣く。

幼稚園に上がる前、一度だけ彼は初めて空気を読んで周りに合わせてみたことがある。
 その日の朝、彼は母親と約束していた。「今日はお母さん一緒に行けないけど、みんなで楽しんできてね。」この言葉を聞いて彼は張り切った。お母さんがいなくてもみんなで楽しめることを教えたかった。
こどもの国のせせらぎみたいなところで、みんなで水遊びをしていた。そこで、ふだんならぼーっと突っ立っているか、一人で遊んでいただろうに、なにしろその日は楽しんでいるところを周りのみんなに見せなければいけない。彼は、無理にはしゃいで、周りの友達と水のかけあいっこをした。やっているうちに、気分も少し高揚し、笑顔でその様子を眺めている友達のお母さんにも退屈そうだったから水をかけてみた。するとそのお母さんに「ちょっと、やめてよ!おばさん着替えないんだから!」と怒られた。心底迷惑そうだった。はしゃいでいた自分が急に恥ずかしく思えて、なんだか情けなくて、彼は小さな声で「ごめんなさい」と謝った。それは、怒っているおばさんにではなく、彼の母親に対してのものだった。その後、どうやって家まで帰ったか覚えていないが、お弁当を食べたことは覚えている。大好きなミートボールを母親がたくさん詰めてくれていたけど、残してしまった。

小学校に上がっても、一事が万事こんな感じだった。
先生にたくさんほめられたいのに、自分をほめてくれない先生の授業をまるで聞かなかった。
テストなんてどうでもよかった。適当に終わらせて、落書きをしていたくらい。だから、成績もBとCばかり。

そんな彼は、小学校5年生の4月の登校初日。人生を方向付ける人物と出会う。
担任のF先生だ。

初めての男の担任だった。
F先生は初日の挨拶で一切笑顔を見せず、こんなことを言い放った。
「この学校にきて、心配に感じたことがある。だれも自分から挨拶をしない。ここにいるみんなも今日先生に挨拶しなかっただろ。」そして少し間をあけて、ぐっと目に力をこめ、低い声でこう言った。

「今まで何教わって来たんだよ。」
決して大きな声ではなかった。けれど、やけに耳元で聞こえた。

「今まで何もしてこないで文句ばかり言っていた自分」の胸倉をつかまれている気分になった。

彼は「ああ、これから怒られないように、つまらない窮屈な毎日を送るしかないんだ。」と思い、諦めて授業を聞くことにした。彼は最初、怒られないように聞いているふりをしていたが、そのうち、そんなことをしなくてもよくなった。F先生の授業はとにかく面白かった。怖いからじゃない。知らないうちに授業に引き込まれ真剣になれた。みんなも本気だった。達成感もあった。そして、真剣に授業に参加していると、それを認めてくれる友達も現れる。友達の輪は広がっていった。
6年生の4月初日。F先生の持ち上がりが決まり、「やったあ!」と友達と一緒になって喜んだ。
6年生最後の運動会、日光修学旅行。一つずつ行事が終わる。そのたびに、クラスみんなのことが好きになる。もっとがんばろうと思う。そして、みんなに認めてもらう。毎日が楽しかった。

卒業式前日。中学校の入学式で新入生代表の言葉を決める話し合いで、F先生はこんなことを言った。「今まで、あんまり人前に立ったことがないけど、この人なら任せられるっていう人に任せろ」今ではありえない話だ。代表の言葉をやりたい人はいるのだ。
そしてなんと、彼は選ばれた。信じられなかった。みんなでからかっているのかと思った。

卒業式当日。
卒業式で先生にサプライズをやって驚かせ、喜ばせた。彼は昨日驚かされたから、いい気味だと思う反面、涙を浮かべる先生を見て泣きそうになった。
式も終わり、外でみんなが先生と写真撮影なんかを始めている。彼は、先生と最後に話したかったが、照れくさいし、また小学校に来れば会えるんだからと思い、正門まで歩き出した。
「おーい」
後ろから、先生が走ってくる。
そして、明るく声をかけてきた。
「Uちゃん入学式頼むね!」
彼は、なんと答えていいか分からず、「はい。」と言って視線を下げた。
しばらくF先生は、答えを待ってくれていた。
そして、F先生はものすごく優しい声でこう言った。

「Uちゃんなら大丈夫だよ。」
F先生は、今まで見たことがないような優しい顔をしていた。

「ありがとうございます。」
とだけ言って、走って帰った。
母親はまだ何かF先生と話しをしていたが、一人になりたかった。
自分の部屋に入って泣いた。彼は生まれて初めて、家族以外の人に認められた気がした。
うれしくて泣くのはこの時が初めてだった。
きっと彼は、このときはじめて小学校の先生を志した。

いや、本当は5年生になってF先生と会ってから、彼はF先生のようになりたいと思っていた。

その後、中学校に入ると、F先生の言葉を胸に、彼はがんばり、教師を目指していく・・・
と言いたいところだが、そううまくいかない。あれだけ団結していた5,6年生のころの仲間も、廊下ですれ違うと軽く挨拶をするくらい。みんな別の道を歩んでいく。
先輩に対して、敬語を使って楽しそうに話している友達が、急に大人っぽく見え、なんだか自信がなくなった。
中学校3年間はとにかく、周りに自分がどう見えるのか、気になってしょうがなかった。息苦しくてしょうがなかった。小さく丸くなって3年間をやり過ごした。F先生に憧れる一方、「小さく丸くなって周りの目を気にする自分」は絶対になれっこないと思い始めていた。まだ小学校にいるF先生に会いに行かなくなった。
なんとか、高校生になると、地元の友達とはほとんど会わなくなっていた。地元にはいなかったような新しい友達の影響もたくさん受けた。彼は縮こまっていた自分が少しずつほぐれていくのを感じた。そして、高校2年生のころ、彼の幼馴染が死んでしまう。

何かが吹っ切れた。
 人の目を気にすることはなくなっていた。
「やりたいことをやって生きてやる!」と強く思う一方で、何事にも本気になれなかった。

大学に入ってもそれは変わらなかった。
「人はあっさり死んでしまう。」
「そしてそのうち、いなくなったことが当たり前になる。」
そんな思いがぬぐえなかった。勉強もアルバイトも、バンド活動もすべて中途半端だった。
人生に対し、肯定的な気持ちがもてずにいた。

大学4年生のころ、6年生のクラスの同窓会が開かれた。
正直、彼はこのイベントに参加するか迷った。連絡を取り合っている友達は2,3人。それ以外の友達とはもう6年近くも会っていない。行っても楽しめるとは思えなかった。

何より、F先生と会うのが少し怖かった。中途半端な今の自分を見せたくなかった。
「しかし、まあ同窓会の場所はバス一本で行けるし…行こう。どうせ暇だし。」と軽い気持ちで
会場に行った。その割には30分も早くついてしまい、しょぼい商店街をぐるぐると周り、時間になるまで落ち着かなかった。会場までの階段を上るとき、足が震えていた。ものすごく緊張していた。

 

彼が会場に入ると「あ~、Uちゃん!」とみんなが笑顔で迎えてくれた。少し照れくさそうに。
女子なんて、みんな化粧をしていて誰が誰だかわからない。それでも、笑った顔に面影が残っている。男子も、みんなおっさんくさくなっている。それでも、みんなの少し照れくさそうな顔は、卒業写真の顔と重なった。

胸がじわっと熱くなった。
6年生のころの温かいクラスの雰囲気がそこにはあった。

「Uちゃん、ここ座れよ!」声をかけてきたのは、6年ぶりに会う友達だ。
「ほんと久しぶりだなあ、今何してんの?」

驚くほど、普通に話ができた。中学時代のこと、中学卒業してからのこと、小学校のころの思い出、話はつきなかった。そう、心配することはなかった。彼らには話す話題が山ほどあったのだ。

F先生が遅れてやってきた。照れくさそうに。そして、少しいたずらっぽくにやにや笑っている。
「みなさん、お久しぶりです。」
そういって、お辞儀した。大きな拍手が起こる。
 
彼はなんだか、すぐにF先生と話さなければと思った。友達と話の途中だったけど、席を立ち、F先生の横に座っていきなり声をかけた。

お久しぶりです。」
「おー、Uちゃん。背が伸びたなあ。」
F先生は、のんびり答えた。
それには答えず彼は言った。
「俺、小学校の先生になります。」
自分で言ってから驚いた。

「へー、もう決まってるの?」小学校の教員の採用試験は受かったのかという問いだ。
まったく考えていなかった彼は焦った。
そもそも小学校の先生になるにはどうしたらいいのかよくわかっていなかった。
「いえ、そうじゃないんですけど・・・」
先生は、しばらく彼の目をのぞき込んで、何かを考えているようだった。
「まあ今はいろいろ大変だけど、がんばりなよ」
卒業式のときの優しい声だった。
「はい。」

 

 


それから、すぐに通信教育で小学校教員の資格を取ることにした。早く小学生と関わりたくて、理科支援員として登録を行った。
昼間は、理科支援員。夜は10時までコンビニでアルバイト。そのあと、通信教育の勉強をした。
土曜日、日曜日も朝早く起きて、ずっと勉強をしたり、ピアノの練習をしたりした。何をするにも人より多く時間がかかる彼は、人の何倍も努力しなければならないことを知っていた。
何より彼は焦っていた。人生を決定づける今こそ頑張らないと、一生自分は変われないと思った。

そして、24歳の春。志を抱いてから、12年。彼はついに教師になる夢をかなえる。
しかし、教師になったのは夢の入り口でしかなかった。

授業がうまくいかない。そもそも学級経営がうまくいかない。
F先生のクラスとは程遠いクラスを作ってばかりいた。
F先生と程遠い自分にがっかりしてばかりいた。


何度も迷った。
本当に良いクラスとは何か、本当に良い先生とは何なのか。

何度も後悔した。
指導という名のもとに、仕事という名のもとに自分のクラスの子も職場の仲間も何人も傷つけてきた。

何度も疑った。
自信たっぷりに「クラスはこうあるべき」、「教師とはこうあるべき」と語る先輩の先生の言葉も疑った。
何より、自分自身の教師としての適性を疑った。


自分がどんな教師になりたいのか分からなくなった。
F先生のようにはなれない。それは十分思い知った。
自分は教師に向かない。そうかもしれない。


それでもF先生のようなクラスは何としてでも作りたかった。


その思いだけで、彼は教師の仕事をがむしゃらに続けていた。なりふり構わずに。

結局、彼の夢は教師になることでも、F先生のようになることでもなかった。
F先生のようなクラスをつくって、彼と同じような子どもに勇気を与えることだった。
そのことを彼は、今年になって実感している。

 

 

平成29年3月18日
教師になって7年の歳月を経た彼は、明日、◯◯小学校第6◯回卒業証書授与式で、みんなの名前を呼びます。
6年◯組の△名のみなさん。
みんなとともに歩んだこの1年間。(5年◯組の人は2年間)先生の人生にとって、本当にかけがえのない時間でした。こんな先生だから、自分の生き方を伝えることでしか、みなさんを導いてあげることができませんでした。

 

「なんでも楽しんでやったもの勝ち」
「他人の人生を生きるな、自分の人生を生きろ」
「未来を恐れず、過去にとらわれず、今を生きろ」

 

もっとスマートに、もっと効果的に教えることができなかった先生をどうか許してください。

 

そして、みんなには本当に感謝している。
みんなのおかげで、先生はとても大事なことを一つ学ぶことができた。 
みんなと出会えたから、6年◯組だったから、
これから出会う子どもたちに教えられることが一つ増えた。

 

明日教室に来たら、黒板を見て欲しい。
先生が学んだ、その一つのことは黒板に書いておきます。
それが最後にみんなに伝えたいことです。

 

いよいよ明日は別れの時・・・。
みんなとの別れがこの上なくつらい先生は、きっと涙で前が見えなくなるでしょう。
だけど、先生は大好きな、大好きなみんなの晴れ姿を、両の目を見開いてしっかりと見届けよう。

 

 


保護者の皆様

明日は小学校生活で関わらせていただいたすべての教職員を代表いたしまして、3△人の子どもたちへの感謝の気持ち、そして、今後の飛躍への願いを込めて、大切なお子様の名前を精いっぱい呼ぼうと思っております。一人一人のお子様が6年間の小学校生活の集大成を、その堂々たる姿で示されることでしょう。お子様の姿、顔、目をしっかりと見てやっていただけたらと思います。
 今日の日まで、〇〇小学校教育にご理解をいただき、担任を支えてくださった保護者の皆様に心より、お礼を申し上げますとともに、お子様の今後のますますのご活躍をお祈りいたします。

どこまでも、自由に飛翔していけますように・・・。

ご卒業おめでとうございます。

 

 

。。。はい。最後まで

お読みいただきありがとうございました。

 

ここまで、さらけ出していいものなのか。。。

しかし、これを書く過程で自分とはどんな人間か、そして、なぜ教師になったのかが改めて明確になりました。

 

こんな学級通信を出す出さないは別として、書くことで得るものはあります。