小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

映画館デビュー

今日は家族でアンパンマンの映画を観に行った。

 

 

いやー、退屈しない!

 

やっぱり子ども向けだけあって飽きさせないように考えてるなあ。

 

冒頭は、アンパンマンのキャラクターが歌ったり踊ったりの音楽で始まり、ノリノリな感じ。

 

次に映画限定キャラ(以下ブルブル)が登場。

 

一同(バイキンマンドキンちゃん含む)宝を目指して旅たつ。

 

旅先で一同バラバラに。

 

以降はカレーパンマンとブルブルがメインで物語は進む。

 

なにをするにも臆病なブルブル。

 

それをカレーパンマン

 

「しょうがねえなあ」といった感じでフォローしまくり。成長フラグ立ちまくり。

 

冒険の途中、ブルブルはカレーパンマンに問いかけます。

カレーパンマンは怖くないの?」

 

カレーパンマンは、

「うーん、怖いけど、とりあえずチャレンジしないと、前に進まないもんな」

 

こんなことを言ったはず。

 

 

その後、ブルブルはチャレンジしてみるも失敗。

カレーパンマン

「一度くらい失敗したからってなんだっていうんだよ。俺なんか何回失敗したか、分かんないぜ」

 

なんて慰めるも、泣いて駆け出し、カレーパンマンとはぐれる。

大蛇と遭遇し、ピンチをアンパンマンに救われる。

 

そこでも、ブルブルは問いかけます

アンパンマンは、怖くないの?」

 

アンパンマンは優しく答えます。

「僕だって怖いことはあるよ。でも、みんなのことを思い出すと、なんだか力が湧いてくるんだ。」

 

バイキンマンが現れ、アンパンマンを吹き飛ばす。カレーパンマンを人質にとり、ブルブルに日の入りまでに宝の鍵を持ってこい!

と言います。

 

途中で諦めそうになるも、鍵を手に入れ、再びバイキンマンと対峙するブルブル。

 

アンパンマンファミリー?が力を合わせ、バイキンマンをやっつける。

 

その後、宝箱をあけますが、そこには地図と帽子が。

ブルブルの本当の旅が始まる。

 

 

そんな感じです。

 

 

なんだか、ヒーローがヒーローでいる理由が分かるような映画でした。

 

諦めずにチャレンジし続けること

ギバーであり続けること

 

 

製作者側の大人へのエールを感じました。

 

 

子どもとポップコーンを食べながら映画を観ることができるようになったのも、感慨深いものがありましたが、何より普通に描い映画を楽しめたのが良かった。

 

子どもも大人も楽しめる、そんな映画にするのは大変だったでしょう。

 

製作者のみなさん、ありがとうございました!(いや、だれ?)

 

とにかく、カレーパンマンめっちゃ好きになりました!

 

超魅力的なキャラ!

サバサバしてて、前向きで、ちょっと雑でおっちょこちょい。

 

アンパンマンって、人間味がなさすぎて…(まあ、人外ですが)

なんか、悟りを開いた感があって、感情移入できない。

 

先生も同じかも。

不完全でかっこ悪いところがあるから、格好良さが際立つ。

何より、同じ人として共感できなきゃね。

なるほど学ぶってそういうこと

「学ぶ」とは具体的にどういうことなのか、140文字で説明するよ。 : まだ東京で消耗してるの?

 

こちらの記事から。学ぶことについて

 

「学ぶ」とは具体的にどういうことなのか?
1. 知りたいこと(ブログで稼ぐ、盆栽を育てる、魚を釣るetc)について本や人から情報を集める
2. 自分なりの仮説を作り出す
3. 実際にやってみて、仮説を検証する
4. その結果わかったことを発表する
5. 1〜4を高速で繰り返す

 

なんだか、総合的な学習の時間の展開にかなり近いですね。

 

そして…

 

学習において重要なのは「仮説設定」「検証」「発表」というプロセス。

本を読んだり人の話を聞くのは、あくまで学びの前段階である「情報収集」にすぎない。が、情報収集で満足しちゃっている人はとても多い。

 

本当にそうだわ。自己啓発本読んで終わり。セミナー行って終わり。っていうパターン。

圧倒的に実践がなさすぎる。

 

さらに…

あと、学んだことはちゃんと発表しないとダメですよ。対外的に説明に持っていくことに強い意味があるし、発表することでフィードバックも得られる。発表の場はブログでもいいし、勉強会を自ら開いてもいいでしょう。

 

おお、これってまさにふたせんさんのDAFLでは…!?

 

なんだか、改めてDAFLの価値を思い知らされるし、自分の授業展開も見直すきっかけになる。

 

学ぶってどういうこと?

教師自身が実感をもった学びを絶えず繰り返していきたい。

保護者からの評価は相対評価

個人面談で記事の題名のような結論に至った。

 

「学級通信なんて今までなかったので、毎回読んでます。」

 

と、感謝される。

 

前任校ではなかなか言われなかったことだ。

 

前任校の先生方は結構みんなやっていたから。

 

保護者はその学校の他の先生と比べる。

保護者から見た我々の仕事ぶりはそこで決まる。

 

確かに、私自身、保育園の担任の先生を他の先生と比較してしまうことがある。

 

あの先生だと、朝あいさつするけど、あの先生が朝の担当だと、テンション下がってるなあ…

 

みたいな。

 

どうしても相対評価にならざるを得ない。

 

我々教師は認識しなければならない。

 

同僚から抜きんでることで、保護者からの信頼を得ることを。

 

 

チーム学校という道のりは、保護者からの評価が相対評価である以上、なかなか先は長いようだ。

 

自分たちで進める授業

どこまでこちらが道しるべとなるか。

それが大事だ。

 

わかりやすい目的を掲げないと、すんなりと流れていかない。

単元構想をこちらでしっかりともち、それを子どもと共有しなければならない。

 

もっとこうしたい。やってみたい。

 

は、その後に来る。

 

 

もう一度丁寧に、子どもたちと一緒に授業を進めていこう。

 

今できる最大のGIVE

個人面談で告白しよう

私は褒めるのが苦手だ。

 

子どもを乗せるために褒めることに罪悪感を感じてしまう。

 

それをテクニックと称し、指導力だと勘違いできてしまう人が少し羨ましい。

 

だから、私は本当に「すごい!」と思った時にしか子どもたちを褒めない。

 

しかし、「すごい!」と思っても褒めないこともある。

 

照れくさいからだ。

 

だいたい、褒めるというのは、偉そうな行為で好きになれない。

 

だから、子どもたちが人として尊敬できるようなことを何かした時、ただただ感心して、驚くことしか私にはできない。

 

しかし、子どもたちはそれだけでは、先生に認められている、と思えないらしいことが最近分かってきた。

 

だから、懇談会で保護者に伝える。

 

本当に人として尊敬できる。

いつも元気をもらっている。

いつも助けてもらっている。

感謝している。

 

そして、

大好きだと伝える。

 

 

なるべく率直に。

 

本人に直接言えないから、関節的に告白するのだ。

 

個人面談で。

キラキラ系、意識高い系の子どもたちは、教師をうろたえさせる

ただいま、うちのクラスの子どもたちは、絶賛大暴走中です。

 

うちのクラスだけ、総合的な学習の時間の稲づくりで、田んぼを作ろうとしている。

うちのクラスだけ、全校に向けて、学校にお菓子を持ってこないように呼びかけようと動いている。

 

今組んでいる学年の先生方は、

 

「先生のところの子どもたち、すごいねえ」

 

と言ってくれる。

 

 

このセリフ、自分が学年主任になったら言えるかなあ。

 

隣のクラスの子たちが、自分のクラスの子たちよりもいきいきと主体性を発揮しているところを見ると、脅威を感じてしまう。

 

そんな子たちにしてしまう若手に恐ろしさを感じてしまう。

 

そんな経験を乗り越えてきたんだろうか。

 

それとも、こんなこと考えもせず、もともと純粋に賞賛できる人だったのだろうか。

 

今後、他者の素晴らしさを素直に賞賛できる人になりたい。

 

そのために、他者の素晴らしさに気づき、それを吸収する経験を積みたい。

そうすれば、他者から与えられていることに気づき、感謝できるはずだ。

自分がすごい!と思った相手は、自分の存在価値を脅かす相手ではなく、自分を成長に導くメンターになり得る。

 

そんな風に思える経験を積む!

主体性を発揮するには

心の余裕が必要。

 

 

つくづくそう思います。

「あれもこれもやらなければ…」

という時は、子どもがこちらの思い通りに動かないと、焦り苛立つ。

 

トライアンドエラーを許容できる環境が絶対必要。

 

昨日岩瀬先生のこちらの記事を読んでいたので、そう思うことができました。

 

学校における「主体性」をちょっくら考えてみる。 - いわせんの仕事部屋

 

自分が今していること、方向性は間違っていない。アクションも間違っていないと思うことができ、勇気を頂きました。

 

私の御守りがわりです。