小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

今さら

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いや本当、

今さら言うなよ!

ってことがありました。

 

 大縄のことです。

 

ざっくり言うと

1.昼休み大縄に来なかった大縄消極派がいた。

2.大縄消極派に来なかった理由を聞いたら居直った。

3.大縄消極派、大縄推進派でバトルになった。

4.両首脳会談(消極派2人、推進派3人)

  双方の思いを述べる。

なぜそんなに大縄頑張るのか

なぜ大縄が嫌なのか

5.消極派1人は大縄400回目指しますと宣言。

6.消極派もう1人が大縄400回目指しません。

7.帰りの会でクラスのみんなにも宣言。

8.担任不機嫌。「先生の話」で次のように述べる。「まあ、今日は時間ないから、なんで辞めたいのかは明日質問をぶつけて下さい。」

 

 

こんな感じです。

 

 

「ふざけんな!

今さらグダグダ言ってんじゃねえよ!

散々、話し合いしてテメーも同意して

400回目指すって言ってたんだろうが!

つべこべ言わずにやれ!!」

 

 

って明日言っちゃいそう。

 

 

…とりあえず。

今まで、こどもに伝えたかったことは完全に伝わってなかった。

 

独りよがりだった

ということでしょうかね。

 

まあ、自分も団体行動とか、協力、団結。

そんな言葉大嫌いだから、よくわかる。

 

 

 

でもさ。

ここまでやってきたじゃん。

400回目指そうよ。

 

って言いたいけど言わない。

そんな正攻法で行きたくない。

 

結局流されて来て、

新記録が出た時は喜んで

全校一位取れなかった時は

悔しがったくせにさ。

 

 そこに気づけよ。

 

今日の昼休み、やる気満々の連中にうるさく言われて

意固地になってるだけじゃないの?

 

明日はお前の言い分全部論破してやるよ!

 

つーか、意地でも400回目指すって言わせてやる。

 

今さら大縄やめますなんて許されると思うなよ。

 

 

…はい、カット。

以上が本音。

 

 

これ、冷静に見返すと超怖いですね。

 

極右丸出しというか…

 

 

でもね。こんな感じで勝手に煮詰まって、

自分の思いを押し通して、

子どもを負かして

「俺、カリスマ」

って思ってる人は結構多い気がするんですよ。

小学校だとそれが通っちゃうから。

 

…でも

 

子どもはどんなに生意気でも、まだ12年しか生きてないんですよねぇ。

 

なのに、めちゃくちゃムキになって。

 

正義は我にあり!みたいな顔で

自分のクラスを

担任の教えを絶対とする宗教団体

にしてしまう。

 

まさしく、この記事がそれを象徴してる。

最後の恩返し - 小学校の先生を120%楽しむ毎日

この時は余韻に浸っているとはいえ、なんとも思い詰めて、偏った思想でガンガン押し進む気満々。

何より本人が子どものためにと、浸っているから手のつけようがない。

 

自分で後から読むと空恐ろしい。

 

やっぱりブログは俯瞰して自分を見つめるのに大事ですね。

 

…ふう。

冷静になれた。

 

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明日は彼とどう向き合うかな。

自分と向き合う

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メタ認知はじめました。

 

ふたせんさんが、メタ認知については分かりやすく、説明してくださっております。

 

 http://www.kesuke03.xyz/

 

 

やってみて分かったこと

 

 

正直、担当の方からメタ認知のプレゼンを聞いた時。

 神経科学…!! - 小学校の先生を120%楽しむ毎日

 

 

「いやいや、結構自分のことシビアに客観的に見てるし!」

 

って思ってました。

 

でも、やっぱり見えてなかった。

…というより

 

目をそらしていた!

 

今まで無意識にどれだけ強がっていたか。

どれだけ自分の弱い部分を認めずに、やり過ごしていたかがよく分かりました。

 

 

「自分はこういう弱いところもあるんだ…」

 

ってまあ、知ってたけど!けどね。

そんな自分と久しぶりに向き合うのは、なかなか悪くないもんでした。

死ぬほど腹がチリチリと熱を帯び、次第にハラワタ煮え繰り返りそうになりますけど(笑)

 

 

「こんな弱いところあるから、こういうことしちゃうんだ」

 

今までの失敗したことも妙に納得。

ずっとぐじぐじ後悔してきたことも、なんだか少しだけ受け入れられることができました…かね。

 

あとは、

現状と理想の自分と比較して

どういう手立てで

成長していくか、

現状と理想のギャップを埋めていくか

 

…なんだけど

 

その前に1つ気づいたことがある。

それは、

素の自分が消えかかっている

ということ。

 

本来自分という人間は何が好きで、何に喜びを感じて、何がしたいのか。

教師としては、こういうことが大事だと思っていて、こうなりたい!と言えるのだか…

自分という人間がどうなりたいかがぼやけている。

 

教師としての自分と素の自分は、結構かけ離れていると思う。

それにもかかわらず、自分がぼやけ、教師としての自分が際立っているのは、ちょっと怖い。

自分を見失って、地に足がついていないような気がする。

 

そして、難しいのは、私の場合

自分の強みと弱みは表と裏と捉えているところ。

あちらを立てればこちらが立たず。

どのように成長計画を立てるか。

頭の使いどころだ。

 

まあ、とにかくメタ認知

「振り返り」というイメージを持たれている方。

過去のことをあれこれほじくり返すだけの後ろ向きな作業という、ネガティヴなイメージはくれぐれももたれないように!

 

少なくとも、超ネガティヴな私でさえ

過去から現状を分析し、今の地点からどのように歩んでいくかを考えることができる

前向きな作業だと感じましたよ。

 

ぜひ、ふたせんさんにご連絡を!(笑)

憂鬱な週明けを待ちきれない週明けにする方法

けっ。

そんなんねえよ。

 

今、仕事で大変な思いをされている方は

きっとそう吐き捨てることでしょう。

 

私もそうでした。

 

臨任時代、本当に日曜が嫌でした。

今の時間帯はもう最悪です。

「明日、世界が崩壊すればいいのに」

と本気で思っていました。

 

もしかしたら、本気で

「全て滅ぼしてやる…」と厨二病全開なセリフを一人でつぶやいていたかもしれません。

 

まあ、それくらい今時分は嫌な時間帯。

心細くて、不安で、焦りばかり。

 

明日が来る!!

逃げちゃダメだ!

頼む。子どもたち。

どうぞ1つお手柔らかに…

 

そんなことを繰り返し思うばかりで、授業準備などを前向きにやろうという気すら起きない。

 

そんな状況に陥っていました。

 

まさに負のスパイラル。

 

学級がうまくいかなくなる→授業もうまくいかない→授業改善しようとする→うまくいかない→子どもに厳しくしなきゃ→謎に叱る→学級がますますうまくいかない→やばい子どもに嫌われてる→授業で前に立つのが怖い→授業がもっとうまくいかない→授業改善する気力がなくなる→ノープランで子どもの前に立つ→自信がないし、全てうまくいかない→校務分掌なども抜ける→職員とも接するのが怖くなる→相談できなくなる→孤独→職員室もやだ→教室もやだ→学校行きたくない→日曜やだ

 

こんな感じ。

 

 

それが今では

 

楽しみなんですよ。

 

嘘みたい。

 

 

 

結局、この仕事を左右するのはクラスです。

 

クラスさえうまくいってれば、もうね。

 

 

天下人です。

 

 

いや、本当にプライベートでも自信満々。

飲み会でも、自分が話を回しちゃいます。

 

 

逆に、うまくいってないと

全てだめ。

まず、自信がもてない。

人と接することが怖くなる。

 

 

だから、学級経営はすごく重要だと思います。

 

学級経営と授業は両輪という方がいます。

自分のイメージだと、ミニ四駆なんですよ。

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ミニ四駆のシールを貼っつけたかっこいいボディが授業とすると、モーター、タイヤ、シャーシーなど、その他諸々が全て、学級経営の部分。

 

ちょっと極端かもしれませんが、それくらい重要だと思います。

極論すると、学級経営さえしっかりしてれば、どんなにつまらない授業でも、子どもは我慢して授業に参加してくれます。

 

そんな授業見たことあるはず。

というより、2年目くらいまで、私はそうでした。

 

よく、こんなしょうもない授業

真面目に受けてくれるなー。

と感心してました。

 

にもかかわらず。

自治体が主催する研修は授業、もっと言えば教科の専門性にを学ぶことに特化したものが多いです。

 

 

何より、学級経営は自分のアイデンティティに関わります。

大きな講堂や会議室のような場所で、学級経営について学ぶのは大変効率が悪いと感じます。

 

参加者のアウトプットが活発に行われないと思うからです。

活発に行われているように見えても自己開示されていなければ、その時は、新たな学級づくりの実践が行けそうな気がしてても、いざ実践してみて自分に合わないことに気づくか、違和感を感じつつダラダラと続け、効果が得られないまま終わるかのどちらかになると思います。

 

それでは、週明けは暗黒のままです。

 

 

 

 

学級経営について、押さえるべき知識を押さえた上で、自分ができる学級経営を自分ごとで考える。そのためには、本音で自分の考えが言える環境が必要です。

 

だからCKenは居酒屋でセミナーを開催します。

 週明けが楽しみになるセミナー 振り返り - 小学校の先生を120%楽しむ毎日

 

 

 

「週明けが楽しみになるセミナー」第2回

を開催します。

 

 

なんと、今日!

西村健吾先生が講師としてお越しいただくことを承諾してくださいました!!

 

豆腐のような学級通信で、豆腐のようなクラスづくりを! - 著者インタビュー - 明治図書オンライン「教育zine」

 

5月20日土曜日

新横浜 浜流(ハマル)にて。

 

 

週明けに光が差し込みます。

詳細はまた、お知らせいたします。

お会いできるのを本当に楽しみにしておりますよー!

最後の懇談会

先に心より感謝申し上げます。

 

この記事を読んで、初めて懇談会を大成功に終えることができました。(自分としては…)

 

 今日は保護者会でした。 - 最笑はGOOD!〜ちょっとBigな教師のブログ〜

 

流れとしては、以下の通り。

 

①卒業式に関する保護者へのお願い。

②クラスのスライドショー

③グループで歓談(テーマは1年間でお子様が成長したところ)

④グループでお一人、テーマについて発表

⑤担任の思い

 

 

今までは、①②④の流れでした。

 

でも、③を入れることで、全然雰囲気が違う!

超和やかになります!

 

④で、

「じゃあ、○○さん、お願いします!」

と無茶振りしても、

 

「えー、やだぁ…!」

「がんばって!ほらぁ…」

 

っていう空気。

 

おお…

お母様方がキャッキャしておられる…。

 

 

…高学年の女子感半端ないです。

 

 

③も最初は固い雰囲気で、グループになっても固まって会話が弾んでいないところもあるのですが、そこは、女性同士!(偏見)

 

いつしか、ファミレスでよく見られるお母さんトーク炸裂です。

 

私が無理にウケを狙わなくても、お母さん同士が和やかに自分のお子さんについて語り、笑いあっている。

 

なんだこれ。

理想郷か!

 

 

 

今年一年、授業でも散々

 

個人思考→ペア対話→グループで対話→全体共有

 

という流れでやってたのに、

なんで懇談会で保護者同士の対話をしてもらってなかったのか…

 

早くやれば良かった!

なんでやらなかったのか。

 

こういうちょっとした一手間

(机をグループの形にし、テーマを決めて、保護者の方同士で語ってもらうだけ)

で、劇的に良い変化を起こすことができるスキルはみなさんもっと知るべきです!

 

是非是非お試しアレ!

 

 

本当に、taka-ichi-senseiありがとうございました!

 

神経科学…!!

くそー。編集したら、また一部記事が消えました。

 

なんとなく、響きが怖い。

 

今日は念願叶って、こちらのブログがきっかけで、ふたせんさんと初めてお会いしました!

 

 http://www.kesuke03.xyz/

 

感動です。

 なんだか、不思議な感じです。

初めてお会いするのに、ブログをずっと読んでいたせいか、人見知りの私が全く自然と接することができました。

 

まあ、それは、ふたせんさんがもつ包容力や、穏やかな雰囲気がそうさせている節がありますが…

 

ブログとなんらギャップのない。いや、ブログ以上に、誠実な方だと感じました。

 

 

さて、今日はそんなふたせんさんが主催する

「学びを遊びつくす会」

に参加させていただきました。

 

なんとも説明が難しいので割愛しますが、とりあえず…

 

自分と向き合ってきました

 

 

学んだことは、以下の通り。

ふたせんさん、違ってたら修正お願いしますね(笑)

 

1.自分がうまくいかないのは、外的要因?内的要因?両方で考えられたら、状況改善できるかも!

 

私は内的要因を考える派でした。

 

2.メタ認知は21世紀型スキル、7用法の1つ。自分を客観的に見る力。

 

3.メタ認知がなぜ重要かというと、人はポーズをとるから、ありのままの自分を客観的に見ることが難しい。

(例、鏡を見る時、若干顔を作っちゃう)

 

これは、なるほどですねー。ナルシストじゃなくても、鏡と向き合う時は若干キメ顔しちゃいます。

 

4.無意識化では学べない。

  脳は省エネをこころがけているから。

 

脳の体積は体の2.5%

にも関わらず、

体に使われる全エネルギーの30%を消費する。

だから、受容した刺激の0.01%しか注意を払われなくなっている。

 

(例、家から駅までの電信柱何本か覚えてますか?

 例、自分が授業中に発露しやすい感情はなんですか?

「こういう瞬間に、こんな風に感じ、このような行動をとる」

と説明出来ますか?)

 

 5.超一流は、自分ヲタク

(例、イチロー

何をどう感じ、どのように打てているのか、説明出来た時、超一流の仲間入りができた。)

 

6.名言は究極のメタ認知の果てに(自分ヲタクになると)生まれる

 

メタ認知の末、自分のことが分かる。すると、何を学習したらよいか分かる。そして、成長し、最高のパフォーマンスを発揮したのちに、確固たる実感をもって発せられる言葉には力が宿る。

 

7.成長するには、理想像を考えるだけではダメ!現実の自分を正確に把握(メタ認知)すべし。

 

とりあえず、この後、実際にメタ認知のための作業に入りますが…

 

そこは、また今度!(書くかなあ…?)

 

 

 

卒業を祝う会

書いてたことが消えてる!

途中からになっていて意味不明!

最悪だー。

 

以下、書きたかったことです。

 

 

卒業を祝う会。

 

どこの学校にもあるのでしょうか?

 

6年生が企画して、自分たちの成長を祝い、お世話になった方々に感謝を伝える。

 

そんな会です。

 

毎年、劇やら歌やら、ソーラン節やらを来ていただいた保護者の方々、先生方にお見せするのですが…

 

これ、どうなんだろう?

 

もはや、行事化してるし、子どももやるもんだと思ってる。

 

今年は私がこの「卒業を祝う会」の担当で、

子どもの企画をサポートしてきたつもりです。

 

が、やはり例年と似たような会になってしまいました。

 

正直、私が子どものころだったら、お世話になった方々に心の底から感謝を伝えたかったかというと、わざわざ企画してまでやらないだろうなー。

と。

 

まあ、そこの気持ちを持ち上げるのも教師の役割かもしれませんが、どうしても、やらせている感が拭えない。

 

あと、この会と10歳を祝う会の差別化ができませんでした。

いや、むしろ10歳を祝う会の方がコンセプトからして感動的なのでは?

 

プログラムは以下の通り。

 

1.ソーラン節(6年生の自分たちの再現)

2.組体操(5年生の自分たちの再現)

3.劇(4・3年の自分たちの再現。)

4.スライドショー(2・1年生の自分たちを俯瞰して見る。)

5.合唱三曲(感謝の気持ちをこめて)

・今咲き誇る花たちよ

・明日へつなぐもの

・最後の一歩、最初の一歩(間奏で、教師への感謝の呼びかけをサプライズで)

6.保護者の皆様ありがとう!のよびかけ。

7.教員から子どもたちへ、サプライズスライドショー

 

 

 

こうして見ると、ほぼ自分たちの成長の振り返り。

 

 やっぱり感謝の比率は低いかな。

教師への感謝の呼びかけ、セリフ揃わずにグダグダでしたし。まあ、当日の中休みしか呼びかけ練習してないから当然ですが…

 

ある程度成功したとは、思うのですが…

 

正直、感動がない。

 

 

最初に6年生をもったときも、卒業を祝う会を担当させていただいたのですが、その時は、今以上に丁寧に子どもに手取り足取りフォローし、抜けも少なかったです。

でも、子どもの主体性はほぼ無視してたな。とにかく、会を無事に終えることしか考えてなかった。

 

かといって、今回も子どもの主体性をフルに引き出せてはいない。

子どもに見通しをもたせ、行動を促しても、よく抜ける。そして、叱る。縮こまる。という悪循環。

 

自分の成長のなさに苛立ちました。

 

そんなモヤモヤを6年生を送る会の最後に、学年の保護者、先生の前で正直に話をしました。

 

以下、話した内容です。

 

 

会場のみなさま

本日の卒業を祝う会はいかがだったでしょうか。

私は担任なので
客観的に見えません。

どの子も頑張っているようにみえて仕方ない。

今まで支えてくださった方々に

 

感謝

成長を伝えたい

その思いから、

自分たちで企画して、今日まで子どもたちで準備してきました。

…まあ、私も相当、口出しはしましたが…

こういう会を子どもたちと作っていくとき、

一番の悩みは、どこまで子どもの判断に委ねるかです。

あれこれ、口出しをしていくうちに、

これは、子どもたちにやらせているだけで

本来の子どもたちが

「やりたかったこと」が

「やらなければならないこと」に

変わっていっている気がしました。

今日この会で、子どもたちの態度、姿勢、表情、そして目をご覧いただき、

子どもたち自身が、

自分たちの成長を喜び、新たな成長の場に旅たとうとする前に、今まで支えてくださった方達に感謝を伝えようとしていることが少しでも伝われば

この会が形だけでなく

子ども一人一人が

感謝の気持ちと、成長を精一杯

表現する場であったんだと思います。

 

いかがでしょうか、皆様。子どもたちから気持ちは伝わりましたか?伝わった方は盛大な拍手を!

(パチパチパチ。拍手せざるを得ない空気)

 

 

うーん、我ながら鼻につきますね。

 

最後の確認はいらなかったなー。

 

 

そして、この後、各クラスで懇談会がはじまります。

 

最後の恩返し

今日は最後の大縄集会。

 

私が担任をしている6年3組は358回。

 

子どもたちは本当によく頑張っていた。

 

 

子どもたちは全校一位を確信していた。

 

本気で喜び合っていた。

 

嬉しくて泣き出す子もいた。

 

私も、全校一位を確信していた。

 

今まで子どもを追い込んでやってきたことが

無駄じゃなかったと思えた。

 

結果発表の前、

子どもたちは自分たちのクラスが呼ばれると

信じ、目を輝かせ立ち上がって喜ぶ準備をしていた。

 

 

「全校一位は、6年1組の361回です。」 

 

 

。。。わずか3回の差で全校一位を逃した。

 

 

子どもたちから、遅れて

 

「嘘だろ、おい!」

 

「えーー!!」

 

「なんで。。。」

 

 

様々な声が飛ぶが、その声は

叫び声ではなく、つぶやきに近いものだった。

 

私自身呆然としてしまった。

どこのクラスよりも練習していた。

それなのに、あっさり1組が全校一位をとり、全校の新記録を出したことが信じられなかった。

 

 

泣き出す子どもが出た。

 

そして、それを笑顔でなぐさめる子。

 

つまんなそうな顔をする子。

 

切り替えて、次の授業の話をしている子。

 

特になんの変化も見られない子。

 

 

この光景を見て何か違和感を感じた。

 

こんなに、反応がばらばらでいいのか??

 

 

確かに、個性派集団だから、それぞれの個性がよく出ているとも言える。

 

何より大縄に対するモチベーションもそれぞれ違う。

 

 

いや、だけどさ。

 

今まで、確かにクラスの活発なメンバーが

突っ走ってきた。

 

途中何度も大縄を続けるかどうかの

話し合いもした。

 

その度に、大縄推進派が

「絶対フォローするから!」と

大縄を続けてきた。

 

最初は跳べない子達に、

厳しい声かけをしてしまい、

跳べない子は体が縮こまり、

ますます跳べなくなった。

 

でも、だんだん。

「ドンマイ!」「OK。次はいけるよ!」

その子たちのミスを責めなくなり、

だんだんみんな跳べるようになった。

 

跳べない子達もよく頑張ってきた。

今まで、休み時間の練習に来なかった子が、

練習に参加している。

掛け声を出している。

 

 

こうしたことは、やはり全て私が

やらせてきたことだったのだろうか?

 

心は1つになっていなかったのだろうか。

 

なんだか、自信が揺らぐ瞬間だった。

 

 

でも、給食の時間、子どもたちの会話を聞いて、少し救われた。

 

「今日、悔しかったね。」

「でもさ、絶対次は400いけるよね!」

「今日ミス多かったしね。」

 

「ああ、早く大縄やりたい」

 

 

ありがとう。

君たちは前向だ。

 

いつも勇気をくれる。

 

そんな君たちだからこそ。

今日の大縄集会で、全校の前で、思いっきり喜び合ってほしかったな…

 

 

まあ、グダクダ過ぎたことを考えるのは今日だけ。

君たちを見習って、先生も明日には切り替えるよ。

そして、最後まで諦めず、400回を目指そう。

 

いつも君たちに勇気をもらってばかりだから、

今度は先生の番。

 

自信を無くした時に、勇気が湧くように。

自分たちで、何かを成し遂げたと思える経験をあげよう。

 

最後まで付き合うよ。

その覚悟ができた。