小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

学びの場の意義

本日はTeacher's Labの理事の館野さんにお誘いいただいたこちらに参加しました。

今はとてもワクワクした気持ちでいます。

自分も何か始めたい。行動したい。

 

そんな気持ちです。

そんな会をつくってくださった、館野さんと石井さんに感謝です。

 

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 でも、そもそも…

 外の学びの場に出て、リフレッシュしたり、モチベーションが喚起されるのはなぜだろうなあ…

 

特に勉強することが好きなわけでも、社交的なわけでもないのになあ…なんで、わざわざ外に出て勉強してるんだろう。

逆に、どうして自治体が主催している研究会に熱が入らないのかな。

 

とぼんやり考えてみたところ

 

外の学び場では

多様な人に出会い、多様な価値観に触れることができる

からなのかなと思いました。

 

自治体主催の研究会に集まる方も素敵で魅力的な方はたくさんいらっしゃいますし、影響も受けます。

ものすごい仕事量されてるなあ、という風に尊敬もしております。

 

ただ、やっぱりなんか自分と似てる…。

 

自分が今学校でしていることの延長線上にこの方たちはいるんだなあ、と思うんです。

だからこそものすごい努力量が見えるし、尊敬もできる。すごく安心します。自分の方向性は間違ってない!と思えるので、自信のようなものも湧いているでしょう。

 

それは、とても心地いいことで、頑張ろうとする力も湧いて来ます。

 

でも、モチベートしていただいた方に失礼を承知で言うと…

 

多分、今日みたいにワクワクしていない。

 

それどころか、元来怠け者の私は

「ああ、もっと頑張らなきゃ…」

というどこか気怠い感覚すらあるかも。

 

何だかんだ、どんなに破天荒な先生でも、学校の先生というのは、同じフレームをもっていると思うんですよ。

で、外の学び場に出る先生はリフレーミングしたくて足掻いているんじゃないのかなあ。

さらに、今日のような会を主催するような方に至ってはリフレーミングが完了し、リフレーミングを促そうとしてくれているのかな。

そんなことを思いました。

 

そして、リフレーミングにもっとも手っ取り早いのは、なるべく自分の生き方や価値観と違う方に出会うことなのかなあ。

 

ふたせんさんも、モチベーションを維持するには、やはり人と出会うこと。と言っていたし。

(言ってましたよね??)

 

多様な生き方を知ることで、多様な考え方に納得もいき、自分の生き方の可能性も広がる。

(この辺も館野さんが、多様性を大事にしていることとつなが…りますよね?)

 

しかし、それは同時に

自分の在り方や前提を疑うことにも繋がるのかと思います。

だから、なんとも落ち着かない気持ちになるからこそ、いてもたってもいられなくなるのかなあ、と。

それと同時に新たな可能性を知って自分がどんなアクションをとってどう変わるかも、楽しみになりました。

 

多様な生き方に触れた時、嫌な焦りを感じるだけでなく、前向きに変わっていきたいと思えるようになったのは、ふたせんさん主催のDAFLのおかげ。

 

自分の価値観に揺さぶりをかける人に出会ったときの衝撃は、とにかく目がさめるようなパンチがあります。

そして、自分の可能性が根拠もなく拓けたような気がして、いてもたってもいられなくなります。

 

 一斉講義型で、突き抜けたカリスマ的な講師の先生の価値観、在り方に触れ。

DAFLで、参加者一人一人が抱える事情や歩んで来たストーリーに触れ。

 

私は昨年から、本当にたくさんの方にインスパイアされて来ました。

 

新横浜の居酒屋、浜流〜Hamaru〜オーナーの岩城さん

完全個室居酒屋 浜流~HamaRu~ 新横浜店(新横浜/居酒屋) - ぐるなび

 

ふたせんさん

小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜 

 

ハピペンさん

 それでも幸せな人はいるから

 

ダンシングアインシュタインのノゾさん

 http://da-einstein.com/

 

多賀一郎先生

多賀一郎「小学生保護者の心得 学校と一緒に安心して子どもを育てる本」|ウチノヨメ - YouTube

 

西村健吾先生

教育つれづれ日誌 | 学びの場.com

 

石井晋先生

すぽんじのこころ

 

沼田晶弘先生

【Fresh Faces #41】沼田晶弘(MC型教師) - YouTube

 

そして、

フリーライターの真崎さん

 真崎ですよ

 

館野峻さん。

 

みなさん、素敵。

 

そして、今日1番お話できて、ガツンと私の前提を覆し、世界を広げていただいた

佐々木 大也さん

 

 

いやー。すごい!

 

未来のビジョン。

教育の見方、考え方。

社会の捉え。

1つのセミナーが開けます。

 

ここでは、語りきれないし、おっしゃっていたことの全てを自分が理解できていないと思うのでやめておきます。

 

ただ一つ。

PBLの重要性を起業して実際に勝負の土台に上がっている方が感じていること。

それがひしひしと伝わってきました。

いや、起業されて勝負している方だからこそ感じられるのでしょう。

 

私が総合的な学者の時間でやっていることは、そうそうズレたことをやっていないのかな?

 

しかし、こんな記事書いてたのが恥ずかしい。

 懇談会で保護者が引くぐらい話してみよう - 小学校の先生を120%楽しむ毎日

 

 

未来を見据え、子どものことを考えていると思っていたけど…

 まだまだ、この世界の可能性について無知すぎる。それでは子どもに夢を見せてあげられない。

 

未来の話は楽しい。

ワクワクする。

 

佐々木さん、本当にお会いできて良かったです。

今後ともよろしくお願いします。

45分間夢中!終わったら達成感と自信

子どもが心から楽しめて、学びのある授業をしていきたい。

 

本校では高学年ブロックで、教科担任制を導入している。

 

5年担任の私は6年の算数を受け持っている。

学年をまたいで、子どもと関わることができるのは、かなり刺激的だ。

フロアも同じなのに、授業で6年生の子どもたちと関わってみて、いかに自分が自分のクラスしか見えていないかがよく分かりました。

全然子どもたちのこと見ようとしてなかったなあ。

それぞれのクラスのなんとなくのイメージでしか見ていなかった。

 

 

そして、自分のクラスを離れて授業してみて気がついたことが3つあります。

 

1.クラスの子どもの気づかい

やはり、自分のクラスの子どもは相当担任である私に気を遣ってくれているのだと思う。

「あ、ここは手をあげなきゃ」

「ここは、返事しなきゃ」

「何かしら、コメント言わなきゃ」

「この辺まではウケを狙ってみても大丈夫かな?」

 

・・・などなど

そんなことを子どもたちは考えながら、私と授業をつくってくれているのだと思いました。

 

申し訳ない気持ち半分。

ありがたさ半分。

 

でなければ、あんなに思い通りに自分のクラスの授業が流れていくわけがない。

 

その点、6年生の子どもたちの、授業における反応は非常に素直で分かりやすいです。

 

反応しようがない発問に関しては無反応。

興味がもてなければ、うつむく。(そのままノート職人になる子も)

謎すぎる発問だと、周りの友達に「どういうこと?」と確認する。

 

・・・クラスだと、微妙な発問や投げかけをすると、

「先生、それってこういうことですか?」みたいに子どもが、こちらの思いを汲み取ろうとしてくれたのに・・・

いや、まあその時点でダメなんですけどね。どんだけ、子ども頼ってんだ。

 

 

まあ、なんというか・・・6年生の子たちを見ていると

よく分からない親戚のおじさんが、家に来て、めちゃくちゃ話しかけられているときの子どもの反応に近いものを感じています。(分かりづらいですかね?)

 

要するにしっかり授業を考えていかないと、だだ滑りするんです。

もういたたまれない。消えて無くなりたい。

そんな気持ちになります。

 

 

 

2.なんちゃって対話の危険性

 算数では子どもには安易に「対話して」と、指示を出していますけど、実際、やっていることは学び合いタイムですね。

(自然発生的に対話したい、と子どもから出てこない時点で教師主導のつまらん授業だと思いますが)

 

さて、授業の中で学び合いをスタートする前に目標(評価)を共有します。

 

S…図や文などを用いて、自分の考えを、ノートを見れば一目見て分かるように表せている。

さらに、自分のノートをもとに説明し、だれかのレベルをアップ(全く分からない人をBに、BをAに、AをSに)を助けることができた。

 

A…ノートに書いた自分の考えを、対話の時に、説明することができる。

 

B…なんとか、答えにたどり着いた。

 

 

対話(学び合い)自分の理解度のレベルアップを目的に行なっています。

 

 

うーん

 

…でもね。

 

 

この学び合いタイム、飽きるんです。ダレるんです。そして、関係ない話を始めます。

 

そりゃそうですよね。

燃えるものがない。

問題を自分一人で楽勝で解けるのに分からない友達を探して、教えて引き上げる。

それで、Sをもらっても嬉しいんですかね?

 

現状、子どもたちは

「先生、分かったって、言ってもらえたから、俺Sランクでしょ?」

なんて、聞いてくるけど…

いずれ、飽きるだろうな。

 

もっと協働する必要性のある問題設定ができればいいのかな?

 

そうすれば、対話する必要も増えるだろうし。

 

 

いや…

 

そもそも、対話は板挟みの問題に挑む時は有効だけど、正解がある問いに対しては、あまり意味がない気が…

 

そうなると、正解が明確な算数で、そもそも対話を行う必要はない?

 

 

うーむ…この辺を突き詰めて考えていけば、もっと良い授業になると思うのですが…

 

 

3.子どもが次に何をしたいか思い浮かばない授業展開

これ、やっちゃってました。

私は主体性を大事に育んでいきたいと、思っています。

 

以下のような授業の流れを伝え、子どもに時間配分を考えさせて、授業の進行を任せています。

 

問題確認

個人思考

対話

全体共有

まとめ

感想

 

昨年度はこのやり方で、子どもから対話したい、とか、全体共有したいというつぶやきが聞こえ、進行役の子が、そのつぶやきを拾って授業を進めていきました。

まあ、本当に主体性を発揮していたかは、疑問ですが、自主性は養われていたのかなあ、と思っています。

 

しかし、そもそもこのやり方って不自然ですよね。

 

本当に子どもが主体性を発揮していたら、こんな型通りに授業が進むわけがない。

 

子どもが次から次へと活動し、学んでいくような仕組みではなくて、きっかけが弱い。

 

やっぱりやらせているんです。

 

6年生に、授業の進行をやらせてみて、まさにこの「やらしている感」をひしひしと感じ、そのことに思い知らされました。

 

 

子どもが勝手に学んでいく、そんな問題を用意しておきたいし、自分たちでハマれる問題を見出すことができるようにしていきたいなあ。

 

 

そうすれば、記事のタイトルのような授業ができるのかな、なんて思ってます。

6年算数 比の授業

身近なことと結びつける。

あえて、比を出さずにf:id:kengobonbei:20171011214810j:image

 店で売られているカルピスウォーターにはCALPIS原液が20%入っている。CALPISウォーターの作り方をを使って説明しましょう。

(厳密には違う。しかも原液以外のものも入っているが、そういう設定にした。)

 

水:CALPIS=80:20=4:1

 

f:id:kengobonbei:20171011214432j:image 

 となる。

ここでは、比を簡単にするということの有用性に気がついて欲しかった。

 

さらに、このカルピスウォーターの問題は次のように発展。

 

CALPIS原液と水の割合が1:4のカルピスウォーターを500ml作りたい。CALPISの原液は何mL

必要だろうか。

 

 

 

導入で興味を引きつける。

 f:id:kengobonbei:20171011214508j:image

 5:8(1:1.608)の黄金比

 

パルテノン神殿の高さは14m横の長さは何m?

 

 

みたいなね。

 

 

 

自分なりに工夫して授業に臨んでみると、毎日が楽しい。

3月4日から今日まで

3月4日。

素敵な出会いがありました。

 神経科学…!! - 小学校の先生を120%楽しむ毎日 

 

ふたせんさん。

DAFLという会。

 

そこで出会う新たな仲間ハピペンさん。

 それでも幸せな人はいるから

 

 DAFLを軸に何を学び続け、何を得て、成長したのか。

 

自分の課題に向き合うこと。

ねらってインプットすること。

自己開示すること。

伴走者の存在。

これらが成長にとってどれだけ重要かが分かった。

 

 

アサーションによるやりとりの心地よさ

giverの精神はもともと自分の中にあること。

自己肯定感を高める方法

teamingについて

 

他にも様々な本を読んで来たが、実践してみて、知識として残っているのはこの4つ。

 

 

 

 

他者へのリスペクトの心地よさ

を学んだ

 

みんな、色々な事情を抱えて、自分だけのストーリーがあるのだと、実感することで、他者を尊重する暖かい感覚を得られた。

 

人っていいな

 

そんな気持ちを思い出した。

 

 

だからこそ、人の役に立ちたい。

自分の仕事は自己満足になっていないだろうか?

 

子どもたちのことをもっと本気で考えよう。

 

 

まずは、授業で、子どもたちの主体的な学びを引き出すことから始めよう。

 

それが、教師として子どもの役に立つことだと信じている。

小学校がチームになる難しさ

このブログを読んでくださっている教師のみなさん。

 

管理職と職員でビジョンを共有し、学校が子どものより良い学びの場となるように、チームとして、日々教師としての仕事に取り組んでいる。

 

という意識でいる方はいらっしゃいますか?

私はチームとして、結果を出していこう!という思いをもてるようになったのはつい最近です。

しかし、それはせいぜい学年のチームとして。

学校というチームで結果を出そう!なんてはっきり言ってあまり考えたこともない。運動会くらいかな…

 

みなさんは、いかがでしょう?

 

よく、荒れている学校ほど、教師が一丸となるという話を聞きますが、普通に平和な学校が1つのチームとして機能しているかというと、そうでもない気がしています。

学校がチームとして、本気で仕事に取り組んでいれば、学級崩壊になり、授業が成り立たないことなんて、そう簡単には起こらないのではないでしょうか?

 

毎年、学級崩壊までは、いかなくとも、どこかしらの教室が荒れませんか?

私はたまたまそういう学校に巡り合っているだけなのでしょうか?

 

きっと、外に出て、様々な先生と出会い、話を聞いていると、やはり、そんなことはないのかなと思います。

つまり、学校が1つのチームになれていない。

 

今までは、学級担任制であることが1番の理由だと思っていました。

自分の学級さえうまく回せれば、毎日楽しく過ごせる。自分の居場所を守るのに必死で、他に目がいかない。協働しようなんていう発想が生まれない。ごく自然な流れだと思うし、そういう制度的、組織的な面で、チームになりづらい点もあるとは思います。

 

しかし、この記事を読んで、チームになれない本当の理由はそこではないのではないか、と思うようになりました。

 

堀江貴文氏 「デキないヤツを助けていると共倒れする」│NEWSポストセブン

 

はっきりと無視する、スルーを決めている場合もある。自分で工夫や努力をしなかったり、出すべき成果を出せていなかったりするヤツのSOSだ。顔見知りでも、切るときはあっさりと切る。羽振りのいいときは調子良くて、景気が悪いと途端にすがってくるヤツ、もしくは、できないと決めつけて、何の工夫もしないヤツは大嫌いだ。

 

教師は努力する子が大好きでしょう?

努力をしない子どもに、教師はシビアにならざるを得ない。努力をしない子どもは、教師の指導力の無さを突きつけてくるから。その子と対峙し、ストイックに自分の指導の在り方や工夫を模索するか、その子どもに対し単純に厳しい目を向けるか、どちらにしても要注目するはずです。

では、努力しない大人(教師)を見た場合どうするか。

 

はっきりと無視する、スルーを決めている場合もある。自分で工夫や努力をしなかったり、出すべき成果を出せていなかったりするヤツのSOSだ。

 

…正直

これやってませんか?

 

毎年、学級崩壊するのに、努力が見られないような先生に対して。

 

「あ、この人ダメだ」

 

と、心のどこかで諦めてませんか?

まあ、謙虚な気持ちで、他の先生が学級崩壊しないように働きかけるなんて、おこがましい。

と思っている方もいるとは思いますが…

 

 

 

ただ、そもそも

我々教師が出すべき成果は、その学校に通う子どもたちが、自立していけるように、学べる場を提供すること

ではないでしょうかね?

 

いかに自分の学級がうまくいっていて、子どもたちが多くを学んでいても、出すべき成果を出している、と言えるのでしょうか。

 

もしくは、できないと決めつけて、何の工夫もしないヤツは大嫌いだ。

 

どの学級も子どもたちが伸び伸びと学び、学校が大好きだと言っているような、そんな学校にしていくための工夫はまだまだあるはずだと信じています。

 

私にはビジネスやプライベートで、多くの仲間がいる。家族と同じぐらい信頼してい
る人もいる。仲間がピンチのときは一応、無視はしない。しかし、「仲間だから」と
いう理由だけで、無条件に助けた記憶は、ほとんどない。困っている仲間がいたら、
私にできることで最低限のサポートはするけど、別に見返りは求めないし、「後はご
自由にどうぞ」というスタンスだ。

 

学級崩壊してしまったクラスの担任の先生に対し、最低限のサポートすらできているか、分かりませんね。

 

変に面倒見のいい先生ほど、他者の課題にズカズカ入り込んで、解決しようとしてトンチンカンなことをするし。(私とか)

 

例えば、学級崩壊しているクラスに乗り込んで、「子どもたちに熱く説教をかます」とかね。

これは、サポートではなくて、ただのパフォーマンス。

むしろ、担任とのパフォーマンス力の差が浮き彫りになって悪化させるだけでしょう。

 

では、学級崩壊しているクラスの担任に、本当に必要な最低限のサポートとは、なんでしょう?

 

それは、

普段から、クラスのことについて、話を聴く

ありきたりですが、これしかないのかな、と。

 

でも、この「聴く」ってなかなか教師の苦手分野だと思うんですよ。

ある程度、力のある先生ならなおさら。

 

今までも何回も、学級崩壊が起こってから、当該級の担任の先生に話を聴く、学年の先生達。

というシーンには遭遇して、話に聴き耳を立てていました。

また、自分が臨時的任用職員として、担任をして、クラスがうまくいかなかった時に、話をする側として、体験しています。

 

そこで感じたのは

 

こうしたらいいじゃん!

なんでやらないの?

努力してんの?

ああ、この人はダメだ。変わらないわ…

 

 

という

言葉の端々から見えてくる、聴く側の先生達のメンタルモデル。

 

「大人は変えられない」

 

私などは、露骨にいわれましたね。

「私だって、これくらいの授業準備はちゃんとやるよ。それくらいやらなきゃ。」

 

まあ、これ正論なんですが、そもそも努力不足なんてことは、分かっているんですよ。

 

ただ、様々な課題感を抱え、いっぱいいっぱいで努力する気持ち的にゆとりがない。

そして…

課題感をたくさん抱えすぎて、最も大きな課題を見抜けないんです。

完全にパニック状態で、思考停止状態。

それゆえに、努力の仕方がわからない。何をすれば結果に結びつくか分かっていないんですね。

 

私は最近、Teacher's Lab. の理事をされている館野峻さんに授業を見ていただき、授業のフィードバックの仕方に感銘を受けました。

 日々学ぶ - 小学校の先生を120%楽しむ毎日

どこに感銘を受けたかというと…

 

 

 

こちらの要領の得ない話を

めちゃくちゃ聴く

姿勢です。

 

 話をしていくうちに、だんだん気持ちも落ち着いてきて、思考が少しずつクリアになっていきます。そうすると、そのうち自分の本当の課題が見えてきて、努力すべき方向性も見えてきたように思いました。(もちろん、館野さんがそれとなく誘導きてくれたのだと思いますが…)

 

 

 仮に、本当に能力が低くても構わない。でも、その能力で最大限できること、最低限の利益を自分にも周りにも還元できる工夫をしている人を、私は評価したい。長年、私の周りで成功し続けている知り合いは、そういう人たちばかりだ。

 

 私は、相手に努力の方向性を示し、導くほどの力はまだ足りないと思います。

私の日々の利益(心のゆとり)を自分にも周りにも還元するならば、

学級で困っている先生のお話を真剣に聴く

ことなのかと思います。

 

 人は、人のために生きているのではない。人のために尽くすことで、能力が増幅することはあるだろうが、それが目的になった途端、「自己犠牲」とか「共倒れ」が、美しいものに変わる。

 人は常に、自分のやりたいことのために生きるべきだ。何をしたいのか、どこに行きたいのか、何が好きなのか。自分自身に深く問い続け、そのために必要な実践を大胆に繰り返していくことで、人生は真に豊かになっていく。

 

 自分は、教員一年目、洗礼を受け、そこそこ辛い思いをしたと思っているし、学級崩壊した先生を見ると、何かしてあげたいと思います。

 

でもそれは、本当に自分がしたいことなのだろうか。

 

 

 深く問い続けていきたいものです。

こんな仕事は他にない

昨日、帰ってくると

私宛に手紙が届いていた。

 

昨年受けもった、卒業生からの手紙だ。

 写真付き。海をバックにみんないい顔で笑っている。たった6ヶ月しかたっていないのに、少し大人っぽく見える。

 

 

 

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そうかそうか。うまくやってるんだね。

良かった。

 

来年の夏か〜。また大きくなってるんだろうな。(こんな言い方、子ども扱いしていて嫌だろうけど)

 

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 先生のクラスや学校も楽しいよ。

学校を変わったけど、職場の先生たちはすごく良くしてくれる。優しい人ばかりで、すぐに大好きになったよ。(もちろん前の学校の先生たちも大好きだけど)

学校の運営にも関わることができていると思っているし、今すごく楽しい。もっともっといい学校になっていく気がしているよ。

 

優しい先輩が多いんだね。良かった。

部活も楽しいんだね。

そして・・・

「私は小学校の頃とまったく変わっていません。」

うん。そうだろうね(笑)

文章からもそう感じるよ。

ありがとう。先生も会いたいよ。

 

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他校の人とも関わりがあるんだ。

「小学生だった頃の安心感が無い」かあ・・・。自分もそうだったな。

 

授業によって取っ替え引っ替え、先生は変わるし。担任がクラスをがっつりまとめている感じもしなかったし。そもそも関わりが少なかったし。

あと、グループ化ね。これはもう、この先ずっとあるよ。

どこのグループにも入りたくないし、どこのグループにも気が向いたら、ひょいひょい入るようにした。

グループに入れば安心感はますだろうけど、連れションとか大嫌いだしねえ。自由に振る舞えなくなる。

先生は色んな人と会って、去年よりも成長できた。6ー3を越えられるように頑張っているよ。

てか、ブログ読んでたんかーい

 

 

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 学校も部活楽しんでそうだね。

先輩たちも優しくて面白いんだ。まあ、どこへいっても君は人のいいところを見つけ、楽しんでいけるんだろうなあ。

先生のクラスは6ー3を超えたのかなあ・・・。

分からない。そもそも、6ー3ってみんなにとってどんなクラスだったんだろう。

今度会った時に話を聞きたいな。

 

でも、10月24日土曜日って・・存在しないんだけど・・・。

しっかりしてそうで、抜けているところは相変わらずだねえ。

 

自主学習17冊目!!すごい!!

先生も毎日自主学習しているよ。

 

 

・・・。

こうして手紙を眺めていると

とても温かい気持ちになる。

 

みんなのおかげで、この仕事の楽しさを知ったし、自分がどんな子を育てていきたいのかも見えてきた。

 

本当に感謝している。ありがとう。

 

みんなから、たくさんのものをもらったし、今もこんなに嬉しい手紙をもらっているけど、みんなには何をあげることができたかな。

 

きっと、いつか自信を持って、自分は子どもたちにこれを与えられたはずだ。と言えるようになる。

 

ありがとう!!手紙とっても嬉しかった。

元気が出た。

また会おうね。

午前5時間制

午前5時間制を経験された学校の先生いらっしゃいますか〜?

朝日新聞デジタル:午前5時間制の鳥取市立美和小 成果は - 鳥取 - 地域

 

この取り組み興味があるんですよね〜

 

放課後の時間の確保によって、授業の質は変わるのではないかなと常々思っています。

先生方、なんだかんだ真面目だし、授業で滑りたくないんですよ。

だから放課後の時間が増えてもダラダラ仕事をするだけになるとは到底思えない。

間違いなく、放課後の時間が増えれば、それはきっと子どもたちに向き合う時間になり、その結果よりよい学級経営、授業が成されるはずだと信じています。

 

私はとってつけたような校内研究をして、保護者にアピールすることにあまり価値は感じていません。それよりも、日常的に、学級、授業づくりについて職員同士の対話がなされ、お互い学び合うことで、毎年学級崩壊をゼロにしていくことの方が、ずっと価値があると思っています。

 

どなたか、こうした取り組みについて関わったことがある。知人から話を聞いたことがある方はぜひとも、コメントしていただければ幸いです。