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小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

東京

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大手町まで昨日行って来ましたよ。

 オープンイノベーション✖️グローバル

 

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リクルート麻生要一さん

三井住友銀行の竹田達哉さん

オムロンの丸山和則さん

フューチャーベンチャーキャピタルの松本直人さん

 

 

「ついこの間東京見学に行ったなあ」などと

感傷に浸れたのは帰りの話。

 

 

行きはとにかく時間がなくて

大手町駅から地上に出るのに必死でした。

 

 

「駅が複雑すぎてなかなか地上に出られない」

という、東京初心者らしさを遺憾なく発揮してきました。

 

そして、出られたら出られたで、美しいビル群。

 

あたりは暗くなり、仕事帰りのできる人オーラ満載のビジネスマンたちが行き交います。

 

「東京」の空気感に圧倒され、不安を押し殺しつつ会場へ向かう。

 

 

受付で、

「すみませんお名刺を2枚いただくことになっております」と言われ

「あ、すいません。名刺もってなくて」

 

と言うと、一瞬「へ?」という顔をされましたが、

「ではこちらの紙にお書きください」と言われました。

 

項目は2つ。

◯お勤めの会社→勤務校の名前をとりあえず書く。

◯役職→教諭と書く。役職というか職業だけど。

 

すると私の役職をみて、受付の人が妙に納得したような顔をして名札ケースに入れてくれました。

 

なるほど、本来ならば名刺をそのまま名札に使うのか!と変なところで感心。

 

しかし、つくづく場違いなところに来たな…

 

などと、考えながら会場へ。

 

正直めちゃくちゃ緊張感ありました。

完全アウェイのところへ飛び込む勇気。

 

ジャージで来なくてよかったと心底思いました。

 

 

すでに、スタートしていて講演の真っ最中。

 

 

「今はアメリカのコロラドにスタートアップの企業が集中してる。」

 

「起業したい人、投資したい人、オープンイノベーションしたい人、要注目!」

 

といった話でした。

 

横文字が並んでいて、正直ここでの話はあまり入ってきませんでしたが、その次のパネルディスカッションが面白かった!

 

 

 「そもそも、オープンイノベーションってなんなのよ」って話から、新規事業を立ち上げている方の現場の突っ込んだ話まで。

 

 

オープンイノベーションとは、社外の技術力やアイディア、サービスなどを幅広く活用し、新たな価値を生み出すイノベーションの方法論である。ハーバード・ビジネス・スクールのヘンリー・チェスブロウ博士が提唱した。

自社にない技術を調達する、安いところに開発させる、といった従来のアウトソースとは異なり、より広く、よりオープンに協力者を集め、イノベーションを起こすことを目的とする。

 

 

そもそものイノベーションという言葉の意味は

革新

革新的な技術開発

 

これが転じてビジネスシーンでは

 

新たな価値創造

 

というとてつもなく、幅広い意味で使われることが多いように感じます。

 

例えばiPhoneなどは、まさしくイノベーションでしょう。

 

iPhoneの登場で、様々なネットサービスが普及し、情報共有のサイクルが加速度的に高まったと実感できているのではないでしょうか。

 

現在のようにいつでもどこでもネットに繋ぎ、情報を収集できる。

ほんの10年前にだれが今のようなライフスタイルを想像できたでしょうか?

もちろん、当時もiモードやらなんやらありましたが、その質、利便性、できることが桁違いでした。

やはりその当時は、ネットに繋ぐといえば、パソコンだったのです。パソコンを立ち上げ、椅子に座り、マウスとキーボードを用意し、ブラウザを起動し…検索開始です。

それが、片手でSafariを立ち上げ、検索開始。

即、知りたい情報を得られるようになりました。

 

このように、ライフスタイルが知らず知らずに一変して行くなか、iPhoneはさらに大量生産されていきます。

当然iPhoneに積まれたたくさんのセンサーも量産され、コストが下がる。

また、iPhoneの機能向上に伴い、センサーの低消費電力化も行われていきました。

それが、ドローン、ロボット、自動運転の技術につながった。

つまり、現在のIoT革命はiPhoneから始まっていると言えるそうです。

 

ね。新たな価値創造しまくり。

 

そんなイノベーションを起こすには日本国内だけだと難しい。

やはり多民族国家でもなく、人種にも多様性がなく、文化も統一された日本では、物事の味方、価値観、指向性などなどやはり偏ってしまう。

 

そこで、海外の企業とチームを組んで新規事業を考えることに、価値があるそうです。

 

やはり、一つのsocial issue(社会課題)について海外の企業人とディスカッションしたとき、その考え方や、捉え方も違うそうです。

 

そして、モデラーの麻生要一さん(リクルート)から、オープンイノベーションを起こすことができる人材とは、という質問が出ました。

 

そこで、三井住友銀行の竹田達哉さんは

「信頼が築ける人」と

即座に答えられていました。

 

これには、ガツンときました。

 

 

やはりそれか…と。

 

 

 

どんな仕事でも協力体制を築くには信頼関係を築くことが第一。

 

 

正直、ビジネスの世界ではあまり関係ないのかと思っていました。もっとドライで数字のみを追いかけるイメージだったので、なにかテクニック的なことを言われるのかと思っていたのです。

でも、対ヒトである以上信頼関係を築くことは必須。そんな当たり前のことなのに、なにか勘違いしていました。

それだけ、私の中ではビジネスの世界は自分の知る世界とはかけ離れた未知の世界という固定観念があるのでしょう。

 

 

そして、パネルディスカッションが終わり、質疑応答へ。

 

私は手を挙げ、次のように質問をしました。

 

小学校教諭の◯◯です。本日は大変興味深いお話、ありがとうございました。

オープンイノベーションを起こすために、小学校でやっておいて欲しいことはありますか?

 

 

 

相手の立場を考えて譲るところは譲っていかないと、ディール(取引。この場合、文脈から買収についての取引)はブレイクしてしまう。時にはぶつかってケンカして仲直りをする経験が大事かなと思います。

 

好奇心旺盛なところを潰さないで欲しい。

 

いろんな人がいていい。

いろんな人がいることがパワーになる。ということを教えて欲しい。

 

 

子どもに危機感を与えていい。
日本がやばいということを教えて欲しい。

 

 

場違いな人間がトンチンカンな質問をしたのに、本当に真摯に思いを答えていただきました。

 

 

…うん。

 

やはり、みなさん。

教育については思いがあるのですね。

様々な経験の中から、子どもに大事にしてほしいことが人それぞれ違うのは当然。

同じ教員同士でも違うんだから。保護者の方と考え方の違いでぶつかるのは当然だよなと思いました。

まして、今は学校の先生が権威でもなんでもない時代。

 

保護者の方はよく、今まで私のやり方を見守っていてくださったなと。改めて感謝したくなりました。

 

その後の交流会でお話しさせていただいた時も、みなさんすごく親切でした。

私の考えや、将来のビジョンなどの話に耳を傾けてくださいました。

 

何より違う業界の空気を感じられた刺激的な経験になりました。

切りかえ

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ダメだ。

 

全然卒業生のことが忘れられません。

 いい加減このネタをブログで引っ張りたくないのですが…

 

昨日、学校で教室の整理をしていた時、ある子どもの雑巾が落ちていました。

 

「全く…明日叱ってやる」

 

 

何気なく呟いて、ハッと気がつく。

 

もう、来ないんだ…

 

 

 

なんだか、なかなか気持ちが次に向かわない。

 

今日は、今日で子どもたちがタイムカプセルに入れるソーラン節の大漁旗を取りに来ました。

 

それだけで、すごく嬉しかった。

 

ただ、子どもはそのあと、クラスみんなで遊ぶらしく、淡々と業務をこなすだけって感じだったけど(笑)

 

担任の方が話したくて必死。

 

子どもたちが校内を歩いている時、呟いた

 

「なんか、懐かしい」

 

という言葉。

 

うん、そうだね。

 

先生も4日会ってなかっただけだけど、

みんなと会った時懐かしかったよ。

 

そして、ただの思い込みだと思うけど、大人に見えた。

 

もう自分は頼られる存在でもないしね。

実際、私からは自立している。

 

 

寂しくもなるよ。

 

学校も変わるのに、これじゃいかんな。

 

ということで、気分を変えて、今日はこんなセミナー行って来ましたよ。

 

 

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いやー、楽しかった。

 

やっぱりいろんな人と話すのは楽しい。

 

そして、やはり成功している一流の人は紳士的でいい人。

 

詳細はまた明日。

info

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昨日はとあるセミナーに行ってまいりました。

 

講師の先生のしゃべりがとにかくすごい!

講師の方の主張を要約すると

 

情報は大事だ!

 

ということだけだと思うのですが…

 

すごかった。

1時間以上の講演が、ロックバンドのライブのようで、飽きる暇がない。

 

ドッカンドッカン笑いも起こる。

 

とにかく、情報が大事だという体験を、その場で参加者にさせてしまうのですんですよね。

 

例えば、

 

最初のペリー来航で日本人は船の中に入れなかった。

しかし、その5年後黒船よりも大きな船を作り上げる。

 

そんな日本人だからこそ、日露戦争まで破竹の勢いで世界に存在感を示すようになる。

ここまでは、陸と海が主戦場だからだ。

しかし、ライト兄弟が飛行機を発明してからは、本場アメリカに追いつけず、日本は第二次世界大戦で惨敗する。

 

テクノロジーを味方につけたものが勝利する。

 

ちなみに地球上にキリスト教の信者は何人いると思ってるの?35億。

正確には違うけど、ブルゾンちえみに寄せたの。後でWikipediaで調べて違うじゃん。っていうクレームはNO!

 

とにかく、これだけキリスト教が広まったのは活版印刷の技術をいち早く取り入れて、聖書を大量生産したからだと思うんです。内容云々よりも。

 

ちなみにブルゾンちえみのBGMは、オースティンマホーンのダーティワークという曲。

ブルゾンちえみのネタに使われ、日本での認知度が上がり、人気を獲得し今度来日する。

オースティンマホーンからブルゾンちえみへ、直接Twitterで感謝のコメントが来た。

 

 

昔だったらブルゾンちえみのネタをテレビで見て、BGMが気になったら、洋楽に詳しい人やCDショップで視聴したり、店員に聞いたりしなければいけなかった。

 

今はインターネットで簡単に情報を得られるが、情報を深めようとするかどうかは、その人による。

 

ただ、ブルゾンちえみのネタを面白いよね。

というのと、そのBGMについて知っているかどうかでは、相手に与えられる感動が違う。

 

感動する体験は人が価値を感じることだ。対価を払ってでも感動する体験を得たいと思う。だからビジネスになる。

多方面の情報を多量に収集し、情報を結びつけたり、深めたりして、感動の体験を生み出すことが、イノベーションにつながっていく。

 

だからこそ、あらゆる分野の情報を収集していく必要がある。

 

 

 

というような感じ。

うーむ、テキストにすると空気感伝わりませんね。まあ、完全に書き起こしているわけではないので、かなり淡白に内容だけを書いています。

もっとすごいんだけどな。

 

これは、ごくごく一部で、この10倍近くの情報量と面白さで、テンポよくリズミカルに語られます。

 

とにかく圧倒されます。しゃべりのスキルは本当に大事だ。自分に足りないところ。

 

でも、それ以上に、まだまだ自分が触れる情報量は少ないと感じた。多くの情報を収集するのと同時にアウトプットもガンガン行わなければ!わ

ふり返り

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今日は久しぶりに昼寝をしてしまった。

 

昼寝から覚めてどうしようもなく

寂しい気持ちになった。

 

なぜか、急にふと子どもたちの卒業を思い出してしまった。

 

もう火曜日には来ないのだ。

寂しすぎる。

子どもに偉そうに

「過去にとらわれず、

   未来を恐れず

   今を生きろ」

 

なんて偉そうに言ってきたけど、

めちゃくちゃ過去に囚われている。。。

 

もう開き直って、子どもたちとの記録を見返して、思いっきり過去に浸ります。

そして、せっかくだから今年1年間の自分の取り組みの成果と課題を見出そう。

 

 まずは、取り組みから

◯主体的な態度の育成

 言われたことをこなすという態度から、自分の目的を達成するためにやるという態度へシフトした…子もいた。

 

→宿題を撤廃し、目的達成のための自主学習へ。

 

・成果

宿題をやらない子どもが自主的に家庭学習をするようになった。

しかし、それが本当に主体的な態度の育成につながったかは、微妙。

ライザップ方式

効果が薄まって来た時はライザップを見習ってみる - 小学校の先生を120%楽しむ毎日

にしたことで、やらざるを得ないだけだったのかもしれない。

 

・課題

自主学習をなんのためにやるのか、今ひとつ漠然としている。


「とりあえず、興味をもったことの調べ学習」みたいな感じでスタートすると、持続するのが難しい。調べるネタがなくなるし、そもそもなんのために調べ学習をするのか、目的が曖昧だ。
目的を達成するために、数値化できる目標設定をすることができれば、ベストだがそうなると、「漢字テストで100点とる」といった形になる。これも、漢字テストで100点とる目的はなんなのか、はっきりとしていない。

 

 

◯対策

自主学習に取り組む目的を明確にするために

 

①自分がやりたいことを見つけられるように支援する

 

1時間とって、自分の好きなこと、やりたいことを徹底的に考え抜いてもらう。

個人的には、ゲームが好きな子はゲームを極めてニコニコ動画に投稿してもいいと思う。

しかし、生活リズムの崩れと、学校生活との乖離を保護者が心配するだろうし、なかなか理解を得られにくいと思う。

だから、

「自主学習をすることで、学校生活が楽しめるようにしよう」

と声かけをする。

 

 

②自主学習ノートに記録を残し、クラスメイトに公開することの価値を感じられるようにする。

 

うーむ。これは難しい。

自主学習ノートを「自分の頑張りをクラスに発信するためのツール」という位置付けにするくらいしか思いつかない。

Facebookのグループにクラス全員登録してもらって、そこでやり取りできればなあ。家庭学習の定着なんてあっという間な気がする。

早く子どもがスマホを授業で使うのが当たり前の世の中になって欲しい。

 

 

→子どもが授業を進める

子ども主体の授業 - 小学校の先生を120%楽しむ毎日

 

 ◯成果

自分たちで問題を見出したり、課題を設定したりする姿が見られるようになった。

これは、当然といえば当然だ。

今回の授業の目的と活動内容について全員で共有し、次回の授業をどうするのかを子どもたちで話し合う場面を毎回設定しているからだと思う。

 

 学び合いが自然と行われるようになった。

 

これも当たり前といえば当たり前だ。

そもそも、

「自分たちで進める授業」の大前提が、「問題解決学習」と「学び合い」が核になっている。

 

個人思考→対話活動→全体共有という大枠に沿って問題解決をしていく。

 

学び合いは個人思考のあとの対話活動で行われるが、これを子どもが必要に応じてその形態を選択するようになったのだ。

個人思考を終えた人から、廊下でノートを見せ合ったり、一定時間で個人思考したことを生活班のメンバーに説明したり…個人の力で問題解決が可能であれば、サクッと全体共有して次の問題に取り組むこともしていた。

 

◯課題

時間対効果

ここでいう効果は、テストでの得点を指す。

はっきりいって、知識理解技能の定着は、もっと短時間で身につくはずだ。

成績を確定する前に、単元が終わらずに、焦ることもあった。

 

◯対策

これは、ドリル要素を授業の中でもう少し入れる必要がある。

教師がファシリテーターとしての腕をあげる。

 

 

 

こんな感じですね。

子どもが進める授業の課題と対策はもっと考える必要がある。

とりあえず、今日はここまで。

 

でも、振り返る中で、学びの質を上げるために、まだまだできることはありそうな気がしてきた。

 

もっと考え抜いて、どんな支援ができるか、どこを改善すべきか、4月までに結論を出したい。

 

 

それにしても、こうして思い返すと

やっぱり「子どもたちで進める授業」は、本当に楽しかったなあ。

 

ああ、やっぱり寂しいなあ。また、みんなで授業したいな。

夢のはじまり

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「なぜ教師をやってるの?」

 

そう聞かれたら、なんて答えますか?

 

私は、こう答えます。

 

 

「自分が5,6年生の頃のようなワクワク感を味わってもらうため」

 

 

私にはいわゆる、憧れの先生がいる。

 

小学校5,6年生の担任のF先生だ。

 卒業式前日の学級通信 - 小学校の先生を120%楽しむ毎日

 

 

とにかく、F先生がやることは全て新鮮で、今でも、国語の「パンゲア」について、書かれた説明文で、何時間も飽きずに、議論したことは覚えている。

また、算数の

他にも、地層を見に行ったついでに、崖登りをしたり、絵を描きに市民の森に行ったついでに、みんなでかくれんぼや鬼ごっこしたり…

 

子どもながらに

「こんなことしちゃっていいの?」

 

と、逆に不安になったくらい。

 

 

でも、とにかく毎日がワクワクして、楽しみで…

自分ってなんかできるかも!という根拠のない期待感もあって…

 

とにかく毎日が楽しかった。

 

その先生が本気で語るとき、クラスの空気が一瞬で変わる。

 

その空気感が私は好きだった。

みんなが今まで見たことないような真剣な顔で先生の話を聞いて、自分たちで話し合って結論を出して、それにまた、先生が問いかけて…

 

そんなことができるF先生が羨ましかった。

 

この頃、私はうっすらと、「あんな風になれたらいいなあ」という漠然とした憧れを抱いていたのだろう。

小さい子が仮面ライダーになりたい!とか、海賊王になりたい!(そんな子いないか)と言うのと同じレベル。

まさに夢だった。

でも、間違いなく私の「夢のはじまり」は5,6年生の頃だ。F先生に出会ったからだ。

 

まあ、とにかく

F先生が担任となってから、その頃の私なりに真剣に日々を過ごすことなできた。

そのおかげで5年生になり、学力は飛躍的に伸びた。

 

F先生は、懇切丁寧に教科書の内容を教えるわけではなかったが、なぜかテストで点が取れるようになった。

 

この仕事に就くと、これがいかにすごいことか分かる。

 

基本的に、小学校のテストは教科書の内容を自分の頭の中で整理して、覚えていればできてしまう。

 

その整理する作業が授業で、板書で…と思っていたのだが、F先生はほぼ板書もないし、あまり話もしなかった。

 

それにも関わらず、なぜだろう?

私なりに考えて出した答えは…

 

主体的に学習していたから

 

だと思う。

 

知らぬ間に自分で本気で学習していたのだと思う。友達とのやりとりの中で、あるいは、自力解決の中で、教科書の内容を理解し、定着させていったのだと思う。

 

「子ども自身は大して勉強したつもりはないのに、テストの点数が伸びる」

 

私はまだこの域に達していないと思うが、主体的に学習する環境づくりは今年だいぶ実現できた気がする。

(後日、詳細書きます)

 

 

子どもが校長先生に

「自分たちで、授業を進めてます」

と誇りたくなるくらいにはなった。

 

 

まだまだ、F先生のクラスには程遠いとは思うが、毎年手ごたえがあった。

夢を実現しつつあるという手ごたえだ。

 

昨日の卒業式終了後、子どもたちが黒板に書き込みをしており、後で見たらこんなことが書いてあった。

 

「6-3最高」「6-3大好き」

良かった。

 

「先生ありがとう」

いえいえ。こちらこそ。

 

「じまんの先生です」じまんの教え子です。

 

そして…

 

「私が6-3をもう一度つくります」

 

先生志望の女の子が書いてくれました。

 

もし、出会った子どもたちが、自分が担任をしたことで、この仕事に憧れてくれれば…こんなに嬉しいことはない。

 

私にとっても、その子にとっても

新たな「夢のはじまり」だ。

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今日は、私にとって忘れられない1日になった。

 

子どもの前であんなに泣くのは初めてだった。

 

まさか、こんな日が来るとは思わなかった。

 

 

今日は、朝から通信簿を渡した。

本当はもっと一人一人と話がしたかったが、やりたいことが多すぎて、私が一方的に伝えたいことを伝えるだけになってしまった。

 

「本当にすごいよな。絶対先生になった方がいいよ。」

 と勧誘した子もちらほら。

 

あとは、一人一人にまた、10年後に会いたいということを伝えた。

「なかには、大人になった君と酒が飲みたいね。」とか言ってしまった。

ヤバいな。

 

困っている子もいただろうな(笑)

 

そして、その後すぐに大縄。

4回チャレンジするも記録は310回程度。

400回どころか、最高記録の358回とも程遠い。

 

そして、そのあとは気持ちを変えて

映画「スタンド・バイ・ミー

 

 

この映画。私も小学校の頃、6年生当時の担任のF先生に卒業間際に見せてもらった。

 

その時は途中で飽きてしまったけど、大人になってもう一度見返して、その良さが分かった。

 

この物語は死と、別れがテーマなのかなと思う。

 

クリスが大人になって成功するも、死んでしまう虚しさ、永遠の別れ。

それよりも切ないのは、あれだけ仲の良かったクリスと10年以上あっていないゴーディ。

 

しかし、彼の死を知り、少年時代を思い出すゴーディ。

絆はずっと繋がっている。クリスへの親愛は変わっていないのだ。

それでも、「同じ時間」を共有できる仲間はその時々で変わるのだ。

少し寂しいが、それが「今を生きる」ということだと思う。

 

そのことを子どもに、映画を観たあと語ったつもりだけど、うまく語れない。もっと話し上手になりたいものだ。

 

そのあとは卒業アルバムを配り、思い出を語った。すでに泣き出す子も…

わたしもすぐに、うるっときてしまった。

 

そして、給食中も思い出を語ることになったが、これは、やめた方が良かったかな。

給食中は自由に話させてあげれば良かった。

聞いてる方は気が散るし、話している子もかわいそうだった。

 

給食が終わったら、帰りの支度をして、すぐに大縄。

なんとなく、緩みを感じ、あと一回にしろ!

と強引に言い渡した。

 

そして、最後の大縄。

みんな必死だ。動きが違う。表情も違う。

 

引っかかると本当にすまなそうにする。

 

かけ声の出し方も違う。

 

間違いなく本気だった。

 

それでも、363回。400回には届かなかったが、学年最高を上回った。(あ、ヤバい。順位をつけてる笑

主任 - 小学校の先生を120%楽しむ毎日

 

 大縄を中心でやっていた女子は泣いていた。

最初、私は嬉しくて泣いているのかと思った。

今日のコンディションで、最高記録を言っただけでも私には奇跡と思えたからだ。

 

それでも、その子は泣きながら

「悔しいです」

と言った。

 

最後まで、自分たちが400回を超えることを、微塵も疑っていなかったのだ。

 

私はなんだか、申し訳なくて、でも誇らしくてなんとか子どもたちを励ますようなことを言おうとしたが、それもうまくいかない。

 

とにかく、「どうせ、頑張っても無駄なんだ」と思ってもらいたくなかった。

「最後の最後で1つになって、結果を出せた」と思って欲しかった。

 

でも、うまく伝えられない。もどかしい。

本気で「伝わる話し方」を学びたい

 

 

その後、教室に帰り、最後の帰りの会

と言っても、すぐに学級通信を配り

 卒業式前日の学級通信 - 小学校の先生を120%楽しむ毎日

 

 語った。学級通信は長すぎるので、今までの自分を偽りなく語ったつもりだ。

 

そして、

今考えていること=本当にみんなに出会えて嬉しかった

ということをみんなに伝えられたと思う。

 

うまくは、話せなかったけどそこは伝わったと信じたい。(クラスの8割は泣いていた)

 

この子は響かないかな。泣かないだろうな。と思っていた子が泣いていてすごく嬉しかった。

少なくとも私なんかの話で心を動かしてくれたんだ。

 

 

明日は、卒業式。

 

一人一人が旅立つ。

 

その旅の中で、またもう一度出会えると信じたい。

 

絶対、価値ある卒業式にする。

そう決めた。

主任

f:id:kengobonbei:20170315134001j:image卒業式のリハーサル

 

子どもたちは本気で、やっていたと思う。

 

それが、私に怒られるのが怖いからだとしても

その態度は立派に見えた。

 

 

そして、リハーサル終了後

学年主任は、当たり障りのない感想を

5、6年生に向けて話をした。

 

無理をしすぎないこと

緊張しすぎないで、卒業式の雰囲気を

味わってほしいこと。

そして、5年生への感謝。

 

主任の話方と存在感で子どもは真剣に聞いていたようだが、私には物足りなく感じた。

 

「え、普通。。。」

 

それが、正直な私の感想だった。

 

しかし、そこで主任は次のように伝えた。

「5年生が退場したら、6年生は残ってください。」

 

お、聞いてないぞ。。。

 

 

すると、すぐに主任が耳打ちしに来た。

「私、言いたいこと全然言えてないの。

 もう学年で集まるのは最後だし、少し話す時間くれる?」

 

よしきた。

ワクワクした。主任のこういうところが、私は大好きだ。

 

どんな話をされるのか、少し緊張して待っていた。

すると、まずは卒業式にかける熱い思いがほとばしる。キツイダメ出しも入る。でも、すごく温かい。子どもも圧倒されている。

 

その後、子どもたちへの思いが静かに語られた。次第に主任の思いが溢れ、涙を流しながら語られる。本当に子どもたちのことが大好きで、別れが辛いのだなと素直に感じることができた。

 

「みんなと過ごした時間は絶対に忘れない。」

「みんなと会えて本当に良かった。」

 

 こんな陳腐でありきたりなセリフも主任がいうと違って聞こえる。

 

心底感動した。

 

主任も子どもも泣いている。(ついでに私も、もう1人の学年を組んでいる後輩も)

 

多分、それは主任が普段から軽はずみなことを言わないこと、社交辞令などは言わず、本当に思っていることしか言わないからだ。

 

そういう大人に自分もなりたいと思った。

 

主任が話をしているあいだ、6年生がみんな同じ思いを抱いているように思った。過ごしてきた年月を改めて共有しているように感じた。

100人以上が家族のように温かく感じられた。

お互いのクラスをライバル視して、自分のクラスを第一に考えてばかりいては、こうはならない。

 

きっと、主任が作りたかった学年はこういう学年だったのだと思った。

 

私は正直、まだまだ学年まで見渡せるほど視野が広くない。

 

自分のクラスを第一に考えてしまう。

そして、自分のクラスを第一に考えて何が悪い!と思っている節がある。

 

しかし、今はその考えに修正を加えなければならないと思っている。

 

自分のクラスを考えることは大事だが、そこに順位をつけてはいけない。

 

 それが、私が主任から学んだことだ。

 

主任はことあるごとに、

「学年みんなでできたらいいな」

とずっと言い続けていた。

 

あくまで控えめに。

 

主任には、強烈なリーダーシップでぐいぐい周りを巻き込む類の押し付けがましさがない。

 

正直学年で揃えていくのは面倒だし、

私のようなやりたがりの教師からすると、

自由度も減る。

 

にも関わらず、不思議と主任の意に沿って

動いてしまう自分がいた。

 

主任は学年での行事が終わるたびに、子どもはもちろん学年の3人の教師も強く結びつけていたのだ。

 

気がついたらみんな一緒にやる方が心地よく思えていたとしか言いようがない。

 

 

チーム学校とか、組織化が叫ばれているが

やはり、内輪で完結するアットホームさも大切だと思う。

 そういうアットホームさがベースにあって初めて、風通しの良い、機能する組織になっていくのではないだろうか。

 

 

とにかく、こんな主任になりたいと思えるような方と出会えて本当に感謝したい。