小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

明日が終わったら夏休み!

こんな学級通信を出します。

 

あっという間に夏休みになってしまった。
みんなはこの4ヶ月近くをどんな思いで過ごして来たのだろう。

全員に思いを語ってもらいたいところだけど、ここでは一方的に先生の感想を語るしかないので、そうする。

最初の2ヶ月はとにかく夢中だった。
集団生活していく上で何を徹底すべきか、どう伝えるか、どのようにして、学校生活に価値を見出していくか、必死で考えた。

次の2ヶ月は、5年3組の一人一人が何に怒り、喜びを感じるのか、じっくり見て来たつもりだ。それでもみんなのことは、おそらくほんの数%も分かっていない。
〇〇は思いやりがあって、〇〇はやんちゃで、〇〇はマイペースで、なんて、人のことはそんな簡単に語れるもんじゃないだろう。
先生がとらえているみんなの姿なんて、みんなの人柄を構成するごくごく一部分に過ぎないと思っている。もっといえば、みんなは日々変わっている。しかも、その変化のスピードは凄まじいのだ。

4月からみて、5年3組に大きな変化が3つあった。
①人の話を聞けるようになった。
②自分からやるべきことを見つけ、行動することができるようになった。
③新たなことに、チャレンジできるようになってきた。

もし、「自分は4月から全く変わってないし」という人がいたら、それはもう一度自分自身を振り返るべきだ。
みんなの心情は知る由もないが、少なくとも、行動に関しては全員変わっているよ。

「自分はどうせこんなやつだし…」とか、「今の自分でいいし…」と、なかば投げやりになって、自分の可能性に勝手に見切りをつけている人がいたら鼻で笑ってやる。

全ては、ここからだ。
みんなの今後が楽しみでしょうがない。

だから、早く夏休みがあけてほしい。早くみんなと授業したい。今はそんな気持ちでいる。
これはつまり、みんなのことがこの4ヶ月で大好きになったということだ。

 

 

そう、夏休みがあまり嬉しくない。

もっと授業がしたい。

 

そう思えることが嬉しい。

ルビンの壺が割れた

久しぶりに小説一気読みです。  

 

 

ルビンの壺が割れた

ルビンの壺が割れた

 

 

なんとこれ、まだ発売前なんですね。

今だけ無料ダウンロード期間。

 

発売前に期間限定無料ダウンロード?

 

謎ですよね。

大盤振る舞いにも程がある。

 

しかし、それにはこうした訳があります。

《担当編集者からお願い》「すごい小説」刊行します。キャッチコピーを代わりに書いてください! 『ルビンの壺が割れた』 | 新潮社

 

面白い企画ですよねー。

 

もう少し子ども向けの内容なら、子どもに読ませてキャッチコピーを応募してもらうのに…

 

 

こういう売り出し方がこれからどんどん増えそうですね。

 

考えてみれば映画も同じですよね。

期間限定公開(映画館で)

気に入ったらDVDも買ってね。

もちろん、まだ見てない人もね。

 

っていうね。

 

私は専らKindleで読書しますが、発売したら紙の本もなぜか欲しくなっている自分がいます。

攻撃的な自分は、そうせざるを得ない状況にあるから。つまり、そう。自己肯定感が低いのよ。

DAFL で自分と向き合うことと増えたが、まだまだ自分のことを分かっていなかった。

 

自分が他者にしばしば攻撃的になってしまうのは、自分の性質が大きな割合を占めているのだと思っていた。

しかし、この記事を読んで、

 

「自己肯定感」が低い人に現れる"残念な症状" | リーダーシップ・教養・資格・スキル | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

やはり自己肯定感の低さがそうさせているのだと確信した。

 

3つの残念な症状。がっつり当てはまってしまった。

 

1.相手の感謝を素直に受け入れられない。

2.忠告に腹をたてる

3.ミスした時に(心の中で)言い訳をする。

 

確かに、不安に感じやすくなりやすいところは気質としてあるのだろう。

しかし、その不安と向き合い、前向きに解決してきた経験をもっと積む必要があるはずだ。

 

私が不安を感じるのは、主に職場の人間関係である。

仕事に関することは、今まで前向きに不安解消に向けて取り組んできた経験があるので、多少冒険することができる。 

 

しかし、こと人間関係の改善に関しては、積極的に自分からの働きかけで良好な関係を築いた経験が皆無に等しい。待ち一辺倒である。

幸い、出会う人に恵まれ、特に自分からさほど努力する必要もなく、人間関係にそれほど悩まされてこなかったのだ。

しかし、根底に「一度嫌われたら終わり」「あの人とはあわない」などと半ば諦めているところがある。

確かに、相手の反応はコントロールできないことは、自覚しておくべきだ。コントロールできない以上、そこに力を注ぐのはいかにも投資先を間違えているという考えも成り立つ。

しかし、何か大きなことを成し遂げるとき、多くの人の理解と協力を得る必要がある。そのためには、人間関係を絶えず新規開拓し、良好なネットワークを拡張し、深め、絆を結び続ける必要があると感じている。

 

そこで、今年度朝の挨拶をなるべく職員全員とするように心がけているのだが…

朝、挨拶をした時、反応が悪いと心配になることがある。相手は単に朝眠いだけだとしても、「自分に興味がないんだ…」と凹むことがある。

 

これは、まさに良好な人間関係の構築、信頼関係の構築に自信のない表れだ。場数も成功体験も少ないからだ。

そして、それプラス。その自信のなさの源は自己肯定感の低さであると思う。

 

つまるところ、自己肯定感というのは、他者からの承認によってのみ高めて行くしかない、考えていた。これはきつい。

基本的に相手が自分を認めてくれるかは、こちらでコントロールすることができないからだ。

 

しかし、この記事にあるように、自分の感情と向き合うことで自己肯定感を高められるという示唆は、非常に勇気付けられる。

 

今現在、1日にあった、ポジ記録(楽しかったこと、嬉しかったことなど)を記録しているが、やはりネガ記録も取ろうかと思う。

 

ネガティヴな感情をもったとしても、それは悪いことではない。そういう風に思うのも自分である。と受け入れてから、そのネガティヴをポジティブに思考転換していけば良い。

最初からネガティヴな感情に蓋をして、自分を誤魔化して、ポジティブな感情をひたすら持続しようとするのは危険だ。いつか、擦り切れてしまう予感がする。

 

まずは、どんな時に、どんな感情をもつのか客観的に見つめ直す。ネガティヴな感情に振り回されたくないのなら、どんな時にネガティヴな感情をもつのか分析し、ネガティヴな感情をもつような状況に可能な限り自分を近づけない。

どんな場面に遭遇しても心穏やかに、ポジティブな感情をもっていたいのなら、やはり自己肯定感を上げて行くしかないのだろう。

 

いずれにしても、自分の状況とポジティブ、ネガティヴな感情を記録していくことは必要なようだ。

 

あれ、しかしこれってDAFL の最初にがっつりやったな。そして、そこから、自分の変化が見られるようになってきている。

 

やはり、自己肯定感云々以前に、自分を変えるなら、まずは自分を見つめるところから、ということなのだろう。

 

showroomの前田裕二さんなどは、就活前ノート30冊以上、自分の内省に使ったというから驚きだ。

 

 

人生の勝算 (NewsPicks)

人生の勝算 (NewsPicks)

 

 

 

まだまだ自分と向き合う余地は山ほどありそうだ。つまりありがたいことに、それだけ自己肯定感を高めるチャンスがあるということだ。

鎌倉 雲母 〜行列に並んで、大人について考えた〜

今日は鎌倉で人気の甘味処、雲母というお店に行ってきた。

 

[食べログ]アクセスが制限されています

 

店の前に着くと、行列が・・・1時間待ち確定とわかる長さである。

 

私は行列に並ぶことが大嫌いだ。

 

行列に並ぶ間

「まだかなまだかな?早くしろー!」

という無駄な祈りを捧げてしまう。

当然のことながら、私の祈りが届き、行列が前に進むこともない。したがって、イライラはますますつのるのだ。祈りは次第に店の中でゆうゆうと、白玉あんみつだの、かき氷だの食べている客に向けての呪いに変わって行くのだ。

 

しかし、今日は、比較的読書に没頭できた。暑さには参ったが・・・

 

その要因はなんだろう?

子どもが生まれてから、子どもの面倒を見つつ、読書することに慣れたからだろうか。

 

おそらく、それもあるだろうが、大きな要因はずばり、私が「大人」になったからだと思う。

 

私の大人の定義は、「他者は自分の思い通りにすることができない」と自覚している人間のことである。

意外とその辺を勘違いしている教師は多いだろう。

 

 

クラスの子どもに良かれと思って出している宿題をやってきていないことに怒る。

良かれと思ってしている説教の最中、あくびをされて怒る。

怒りの対象は子どもだけでなく職員も含まれる。

仕事を肩代わりしてあげたのに、付箋で「ありがとうございます」とだけ返ってきたと飲み会で愚痴る。

良かれと思って職員会議で提案したことが、全否定されて怒る。

 

これらは全て、自分が他者に働きかけて、期待通りの反応が得られなかったから、怒りを感じている。

つまり、相手が自分の思い通りに動かなかったから怒っているのだ。

 

いい意味で、他人に期待しないようにすることは、大人の必須スキルだと思う。

行列にイライラしながら並ぶのも、心のどこかで「自分が不機嫌な態度を見せれば、誰かが順番を譲ってくれる」と期待しているからではないだろうか。

行列の進み具合など、自分の力でコントロールできないことは明らかだ。イライラとする必要はない。自分にとって有意義な時間にするために何ができるか考えるべきだろう。

 

ちなみに、本日私が行列に並んでいる最中に読んだのはこちら

 

行動経済学?経済は「感情」で動いている? (光文社新書)
 

 

セールの時買って積読していた。

 

これを読むきっかけとなったのは、こちらでご紹介した本である。

 

 ビジネス書に振り回される前に、教養をつけよう - 小学校の先生を120%楽しむ毎日

 

 

 経済学は合理的に意思決定するための「選択の学問」だ。とした上で・・・

いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのような方法で選択するのか知るためには、「伝統的な経済学」と「行動経済学」の2つを学ぶ必要があるそうだ。

「伝統的経済学」は、データを集め、合理的な推論に基づいて、課題解決への最適ルートを求める学問。

しかし、人は常に合理的な意思決定をするわけではない。そこで、登場するのが、「行動経済学」。

人がなぜ、想定したルートを通らなかったのか、探求する学問である。もっといえば、人が選択を迫られた時に陥りがちな思考におけるトラップの理屈、理論を解明していくそうだ。

 

この時点で、勘の鋭い方は、「あれ、教師学ぶべし」と思われるかもしれませんが、私が目をつけたのはここです。

 

リーダーは両者を学ぶ必要がある。

企業のビジョンやバリューを打ち出し、時代にあった人事システム、経営戦略を企てるには伝統的経済学が適している。

一方で長時間労働の解消や、日々の改善のノウハウなど、社内の小さな制度改革には行動経済学が役に立つ。

 

 

どうです?これ。

職場改善したい方、必修。

主幹教諭や、教務の方、これ学んで見ると面白いかもしれません。

 

私も現任校で長時間労働を解消したいです。

そのためのシステムの1つが夏休み完成する予定。

 

楽しみだなあ。

この本で学んだことを生かして、本当にみんなが18時には退勤する職場になったら素敵だなあ。教師はゆとりをもって生活し、ガンガン自分から楽しんで学ばなきゃ。

 

 

 

なんだか攻撃的になりやすい自称ポジティブな人は、いくつ不安を抱えているか、数えてみよう

昨日、自分の子どもに苛立ち、怒鳴ってしまった。

 

今思い返しても可哀想すぎた。

 

なぜ、あんなに怒ってしまったのか考えたところ、昨日はあらゆる場面で、なんだか苛立っていたことに気がついた。

 

車を運転しているとき

職員室での同僚の一挙一動が

クラスの子どもの失敗について

そして、我が子の失敗について

 

とにかく、腹が立って許せない気持ちになっていた。

 

なぜ、昨日は苛立っていたのか、その原因について考えた。

なぜだか、落ち着かない不安な気持ちだった。

不安の出所が分かった。

 

その日、体育部として放課後に職員に協力をお願いして、バスケットゴールを動かさなければならなかったのだ。

 

しかも、これはとある理由で突然舞い込んだ仕事で、体育部的には

「別に動かさなくていいじゃん。」

という気持ちを押し殺しての仕事。

 

つまり、自分でその時、思っている以上のストレスがかかっていたのだ。

突然、仕事を振ってみんなに嫌な顔されたくない。管理職が一言みんなに声をかけてくれよ!という不満。

何より自分自身が必要と思ってもない作業を他の職員に強いるストレス。

 

最近、ギバーになるべく思考の変化を自分に強いている。

何事もポジティブに。

「誰かの役に立てればいいじゃないか」

と。

 

しかし、今回の件で、本当の気持ちを誤魔化そうとすることで、自分の感情の出所が分からなくなるということがあることが分かった。

 

実際、昨日は自分が何に苛立っているのかが分からなかったのだ。

これはある意味、自分の思考に変化が生まれて来て、デフォルトの感情、思考を誤魔化すことができていると捉えることもできるのだが…。

 

ストレスをストレスと気がつかずにやり過ごすことは非常に危ない。

 

自分のストレスと向き合い、前向きに解決していかなくてはならない。

 

昨日のバスケットゴールの移動については、

 

「よし、まあ校長が言ってるんだし、子どもたちのためにもなるだろうから、バスケットゴールをどかせばGIVEしたことになる!」

 

と思い込むのではなく

 

 

「バスケットゴールを移動かー。安全面で言えば、特に必要ないけど、心配なら安全面に配慮した方法は他にもあるから、提案してみよう!その方が、職員のみなさんに手伝ってもらわなくて済むし。」

 

と、考えれば良かったのだ。

 

相手に頼まれたことに、笑顔で応えることが必ずしも、GIVEすることにはならない。

 

相手の問題を自分ごととして真摯に向き合い、誰にとってもより良い最適解を考えることが本当のGIVEだ。

 

自分を殺すことがGIVEではないのだ。

 

考え抜いて、自分も含めた、人のためになると心底信じられることに全力を注げばいい!

 

ただ、自分と他者のニーズがトレードオフの関係性となってしまうかどうかは、自分のニーズ次第だ。

 

今回の件だったら、自分のニーズは職員への負担は無くした上で、校長の問題を解決することだったのだ。これは、校長や、他の職員とニーズは同じはずだ。

 

昨日の一件は自分の生き方を考える上で貴重な1日だった。

 

こうやって思考することで、得られることは大きい。もっと言えば、ただ頭の中だけでモヤモヤ考えているだけでなく、こうして文章で書き出していくと自分の思考が明確になってくる。

 

ブログに日々、感じたこと、考えたことを書き出すことは、自分を知る上ですごく価値があると改めて感じた。

 

この記事を書かなければ、

「昨日はなんか一日中イラついて、ダメダメな一日だったなぁ…」

と呟いて終わりだ。

 

この記事を書いたことで、

「自分の成長のターニングポイントとなる1日」

と、今は価値付けすることができている。

 

不安なことがあれば、誤魔化さず真剣に向き合って、こうして文に書き起こして考えよう。

そして、自分も含めたみんなが幸せになる方法を真剣に考えよう。

 

その方法を関わりがある人に伝えて、自分の提案を受け入れて貰えれば最高だ。

 

そのために、まずは不安をいくつ抱えているか、数えてみる。

その上で1つ1つ真摯に向き合い、自分と他者を大事に前向きに解決していく姿勢が必要だ。

抱えきれない数の不安があるなら、信頼できる相手に相談すればいい。

 

それにしても、

うーむ、アサーションへの道は程遠い。

教師の通信簿

たまーに、教師は子どもや親から通信簿を貰えるときがある。

 

面談で

「今年に入って本当に毎日学校が楽しいって言ってます」

 

と、保護者に言われたり

 

 

「さっきの授業は本当に時間があっという間で、楽しかったです」

 

と、子どもに言われたり…

 

 

そして、嬉しいのはお手紙!

私は今年に入って、学級通信で

「授業参観、懇談会の感想をお願いいたします。」

 

と、勝手にアンケートをしている。

 

そこで、書かれているものが、めちゃくちゃ好意的でありがたい。すごく嬉しい。

 

そして、今日は珍しく、

「先生のすごいところ」

と銘打って、子どもが作文を提出してきた。

 

もともと

「生き物は円柱形」

の単元で、筆者の考えの進め方を学んだ上で

 

自分なりに、

「相手を納得させる説明文を書こう」

という話になった。

 

 

ほとんどの子たちは、「〜の素晴らしさ」のような題名をつけ、自分の好きな趣味や、もの、ことがいかに素晴らしいか説明している。

 

しかし、わざわざ担任の素晴らしさについて、書いてくれたことが素直に嬉しかった。

 

以下、「先生のすごいところ」より。

 

先生のすごいところ

私は、先生と最初に会ったとき、少しこわい先生だなと思いました。なぜなら顔を見たときいかにも怒っていて
少しだけふるえちゃいました。
でも今は、初めて会ったときの気持ちがうそのように
すごい先生だなと感心しています。
それは、国語のときみんななやんでいるとき、先生が一言サポートやアドバイス、ヒントを教えてくれるとみんな「あー、そういうことか」とうなずいたりしていたり。それから、先生のよくつかう言葉「自分から動く、行動する」それは、先生に言われずに進んで発言したりと、みんな先生のおかげで4月から少しずつ発言したり、行動したりみんなちょびっとずつですけど成長してきているなと私が言うのもちょっとおかしいですけど、そう私は思いました。
そうやってみんなが、行動してきているのも先生のおかげ、先生は、みんなをまとめ、行動させたり、みんなを自分から成長させられる力があると私は、改めて先生のすごさを実感しました。

 

 

いやー、照れる。

 

嬉しい!

 

やっぱり、通信簿の総合所見って大切。

一人一人魂込めて書かなきゃ。

コミュニティを深めるには…

1.余白がある

2.クローズドな空間で常連客ができる

3.仮想敵を作る

4.秘密やコンテクスト、共通言語を共有する

5.共通目的やベクトルをもつ

 

どうでしょう?

学級に置き換えると

 

1.担任が全てを完璧にこなしすぎない。手取り足取り教えすぎない。

2.学級っていうか、学校はまだまだクローズドな空間ですねえ。常連客は、担任を心底信頼してくれる子どもでしょうかね。

3.これ、学校じゃむずいなあ。

運動会とか、長縄大会で、他のクラスに対してライバル心を燃やすことでしょうか…

→ちなみに、仮想敵が担任になると学級崩壊が起こる。子どもたちなりにコミュニティを深めたいんだろうな。安心、安全な居場所にするために。

 

4.なんだろう。これは、学級目標なのかな。

いや、そういう表立ったスローガンではなくて、クラスで起こった問題や事件かな。

5.これが、行事に当たるところかな。まあ、設定は担任次第かな。

 

うーむ、これ面白い。

 

人生の勝算 (NewsPicks)

人生の勝算 (NewsPicks)