小学校の先生を120%楽しむ毎日

超人見知り。内向型人間です。でも先生やってます。セミナー開催もしています。

学校評価 学校経営計画反省

本日1回目が終わりました。

 

ざっくり言うと、

児童、保護者、職員のアンケートをもとに、学校改善していく

話し合いです。

 

今日は、部会に分かれて話し合い。

 

私は、防災部。

 

本校では、7:45〜あいさつ当番があり、登校指導を行います。

前任校もあいさつ当番はありましたが、
幾ら何でも勤務時間30分前に来るのが義務付けられるのはどうなの?

特に、子どもの保育園の送り迎えをする私にとって、

朝のわずかな時間は超貴重。

 

ここは、何としても変えたい!

ということで以下の提案してみました。

 

「登校ルート上に立って、直接の登校指導はしない。その代わり、登校班の班長会議などを頻繁に行い、登下校の指導はしっかり行う。」

 

そもそも、なんで職員が学校外のポイントに立ってやっているかというと・・・

 

「小学生が道に広がって邪魔だ」

という近隣住民のクレームが来たから。

 

「そんなの思いっきり叱ってください!地域の皆さんも一緒になって、子どもたちそ育てていきましょう⭐︎」

 

って、言いたいところですが・・・。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。学校としてなんらかの対策を考えて行きたいと思います」

といった具合でしょうかね。

 

まあ、とにかくそのクレームが影響して始まった取り組みに間違いはなさそうなのです。

 

確かに登校時間に地域に先生が立って、あいさつしている姿は

いかにも「いい感じ」ですよね。

また、学校外の子どもの態度を確認し、指導することで、

学校としては「責任を果たしている」というアピールになり、クレームの抑止になる。

ということなのでしょう。

私は、むしろ学校外に立って子どもを指導することで責任を果たすどころか、

「勝手に責任を増やしている」ように感じます。

学校外で何か事故やトラブルが起きた時、その場にいた先生が対応することになります。その対応の結果によっては責任を問われることもあるでしょう。

この辺りが、私が「勝手に責任を増やしている」と思う理由なのですが・・・

なんだかまだ、うまく言い表せていないので、もやもやしますね。

まあとにかく、学校が外圧によって「あれもやらなければ!」と勝手に思い込んで、過剰サービスしていることって結構あるんじゃないのかなあ。と思っています。

(ノイジーマイノリティーはガンガンスルーしていけたらいいのになあ)

 

さて、話は戻って。

あいさつ当番の先生が、登校指導する弊害は他にもあると思います。

先生が見ているところでしかちゃんとできない子になってしまいそうな気がします。

登校班の班長を中心に、道に広がらないように声を掛け合う姿が見られるように指導していくのが学校の役割ではないでしょうか。

先生が立って毎回毎回「広がらないよー」とその場で指導している姿は、まさしく指導力のなさをアピールしているようで情けない。

 

子どもたちに、地域の人とともに暮らしていることを意識させ、班長には誇りを持たせ、自分たちで登下校のマナーを守って行きたいと思わせたいものです。

 

とまあ、そんなことをひとしきり語って

 

提案して見たところ・・・

一瞬にして微妙な空気。

 

「来年、すぐにあいさつ当番をやめるというのは難しいですよね」

「保護者への説明がね」

「やっぱり、子どもたちが登下校で、道に広がらずしっかりできるようになってからでないと、言いづらいですよね。」

「ここで、決めることじゃないかなあ。」

そして

「班長の子どもに、責任を押し付けることになる」

 

という反論をいただきました。

 

その時は、「あー、そういうことになるのかなあ。」

と思いましたが・・・

 

うーん。そうなのかな?

 

でも、違くない?

責任を押し付けることにはならないでしょ。

 

そもそも、登下校に周りのことを考えて振る舞うのは

子どもたち一人一人の責任。

 

学校は、周りのことを考えて振る舞えるように指導する。

 

それが、班長会議であり、日々の校内での過ごし方の指導なのでは?

 

 

みんな無くしたいと思っていることを「じゃあなくそうよ」というと、同僚から様々な視点で反論をいただく。

急に保護者目線になったり、地域の人目線になったり、はたまた管理職の目線になったり。

 

みなさんとても視野が広い。でも、もっと自分本意、先生本意でいいんじゃないでしょうか。

 

だって、やりたくないことは徹底的に切り捨てていかないと、本当に先生が大切にしていかなければならない業務がおろそかになるのではないのかなあと思うからです。

 

授業づくりや学級経営。

 

ここを一番後回しにして、日々「しょうもない仕事」に追われている気がしています。

 

もちろん「あいさつ当番」も子どものために必要なことかもしれません。

でも、限られた時間の中で、最も効果的に子どもがより豊かな学校生活を送れるように考えたとき、それは本当に残すべきことなのでしょうか。

 

そう考えたとき、ほとんどの業務は「しょうもない仕事」に分類される気がしますね。

 

ワクワクする毎日を学校で提供したいじゃないですか。

 

塾や習い事に負けたくない。

そのために、トレードオフの考え方を持ちたいものです。

 

あれもこれもは無理。完全にキャパオーバー。

まず、そこを認めてどこにコストをかけていくのか決めて行きたいですね。

行動を起こすことに価値がある

またまた、イケダハヤトさんのブログに触発されてしまった。

 

行動することでしか、常識はアップデートされない。 : まだ仮想通貨持ってないの?

 

詳細は見ていただくとして…

 

とにかく、ちきりんさんのツイート。

破壊力大!

 

「この人、おもしろくないよね」と思える人の多くは、「考えてない」のではなく「行動してきてない」 一方、「おもろい人やな」と思える人はみんな「行動」してきてる。

 

うん、ホントこれ。

考えてばかりで、日々をルーティンでこなしている人っていますよね。

まあ、私のことなんですけど。

 

「思考力でちきりんにかなわない」と思う人の大半は、なによりまず「行動の量」であたしにまったくかなってない。まちがえないように。「行動の質」でさえなく「行動の量」が足りてない。

 

行動量が増えれば、確かに思考する機会は増えますよね。

とはいえ、あまりにも無目的、かつ唐突な行動では何も得るものがない気もしますが…

 

ブログをはじめすべての文章、さらにはすべての表現活動を生業とする人にとって、「行動の量」は圧倒的に重要。特に、若いときの行動は「倍カウント」できる。繰り返すけど、思考で行動を超えるのは、私も含め大半の人には不可能。

 

うーむ…

思考しているだけでは何の価値もない。

アイディアに価値はなく、アイディアを実現することに価値がある

ということなのでしょうか…

いろんな捉え方ができるとは思いますが、まあ、いずれにしても、経験値が多い人ほど魅力的だとは思います。

 

先生も表現活動を生業としていると言って良いのではないでしょうか?だとしたら尚更、行動の量は教師の強みになりますね。

 

受け身ではなく、ガンガン主体的に行動し、人生において、常に能動的でありたい

 

と改めて思いました。

研究授業

今月末、今年度最後の研究授業が私の勤務校であります。

 

授業者は私です。

 

私は研究授業が好きです。

 

褒められたい欲求が強い私としては、燃えます。

 

しかし、それは余裕があればこそ。

 

学級がめちゃくちゃな時、重点研究なんて地獄です。

考えたくもない。

 

 

さて、それはそうと。

 

今年は総合的な学習の時間をいかに、主体的、対話的で深い学びがある授業にしていくか研究しています。

 

総合的な学習の時間。

正直今まで、まじめにやってこなくて、宿泊体験とかと被せて、即席プロジェクトを立ち上げてやってきたレベルでした。

 

でも、ちゃんとやるとおもしろい!!

 

 

今年一年間、総合的な学習の時間をまじめに取り組んで、学んだ(つもりになっている)ことをつらつら書いていきますねー。

 

【総合的な学習の時間がもたらす子どもの成長】

◯主体性がアップして、行動力がついた。(主観)

 

【主体性がアップした要因】

◯毎回の授業で、「今回の活動と目的」について、子どもに問いかけた。

◯「今日何すればいいか分かりません」と言えない空気をつくった。

◯興味・関心をもとに、探究していきたいことをプロジェクトとして、それぞれが立ち上げて来た。

プロジェクトに興味をもった子どもが、立ち上げた子に協力を申し出たり、プロジェクトの人手が欲しい時には、立ち上げた子が、協力を呼びかけたりするようにした。

 

 

【探究的な学習にしていく難しさ】

◯材を唐突に2回も提示するハメに

「今年もバケツ稲やる?やりたいなら、JAの人が育て方教えてくれるらしいよ」

「今度、横浜市国際交流機関にいくよ」

来年、もし持ち上がれたら、極力こちらから材を提示しないようにしたい。

 

◯とりあえずやって、おしまい

「ご飯を炊いてみようよ」

「炊き方を変えて、どの炊き方が一番美味しいか試してみよう」

「給水時間を変えてみよう」

「鍋の材質をガラス製、金属製と試してみよう」

「理科で習った条件制御できてなかったね」

おしまい。

 

「じゃあ次はしっかり条件制御してもう一度やってみよう」

 

とは、ならなかった。

本気で探究していきたいと思えるものを見つけられるように、支援していきたい。

 

 

【協働の難しさ】

◯プロジェクトを立ち上げていく形式を取ってしまったことで、立ち上げた子がリーダー的なポジションになってしまった。

リーダーの子が、計画を立てて、「いついつまでに、これ調べて来て!」みたいな感じ。

 

あくまで対等な立場で、お互いの強みを生かしながら問題解決に取り組ませられるようにしたい。状況分析、原因分析、決定分析、リスク分析なんかを思考ツールの活用や場作りを工夫すれば、協働していけるのだろうか。

 

協働の良さを実感できるような、問題を見出していけるように支援していくことが先決か。

そもそも私自身が協働して問題解決していく経験をもっと積んでいかなければ。

Learn my wayをハピペンさんとより良い会にしていくことが協働して問題解決していく貴重な経験になっています。

 

 

 

はい。とりあえず、今思いつくのはこれくらいです。

校内研究は、指導案検討など、もっと省力化できるとは思いますが、やはり、得るものは大きいかなと、思います。

 

特に、私のようにいいところを見せたい!褒められたい!と思うタイプにとっては、なかなか効果大。

 

授業者に余裕があり、研究の目的やビジョンが明確であればいいんですよね。

校内で学びのサイクルがもっと楽に、楽しく回していけるように、今から動き出そうと画策中です。

また、ご報告します☆

Learn my way #4

日々書きたいことが多すぎて、逆にブログの更新が出来ていない。

ふたせんさんやっぱりすごいなあ。

ストイックすぎる。

 

 

1月8日に行った、私とハピペンさんが主催するこの会。

 

早4回目。

今回は新年一発目ということで、午前・午後に分けて開催しました。

 

以下、内容ざっくり説明。

 

【AM】

◯会の趣旨説明

・在り方を見出すことの良さ

 

◯自分の過去のメタ認知エピソード記憶、情動記憶の意味付け。

 

◯リフレクションカードによる自分の在り方の見直し。

 

【PM】

◯身近なところから、在り方を見直す試み。

・「年末年始の快、不快」から、なぜ、その事柄が自分にとって快なのか、不快なのかを考察。

 

◯自分会議

・「本当に」理想だと思う在り方は?

・どうやって、その理想の在り方を実現する?

  (3つの手段)

・最初の一歩は?

※直感で、あまり時間をかけずに、一番はじめに思いついたことから書いていく。

 

◯この会をどうしていったらいいですか?

・参加者のみなさんに感想を聞き、アドバイスをいただく。

 

 

 

【運営として考えたこと】

・初めて会う人も自己開示していきたいと思える会の雰囲気づくり、プログラムはどうやっていくのか。

・参加者は新しい知識、見方、考え方を求めているのではないだろうか。ただただ在り方を見つめなおすだけでなく、「新しく知った、得られた」と思えるものを参加者に用意していきたい。

・参加者の多様性を生かし、自分の在り方を見つめなおすには、どんなワークショップが適しているのか。

・参加者が貴重な休日の時間を使っても参加したいと思える、「在り方を見つめなおすことの良さ」を伝えていくにはどうしたらよいのか。

・みんなで創り上げていく会。聞こえはいいけど、参加者に頼りすぎてはいけない。

主催者の仮説を明示して、参加者に意見を求め、プログラムを練り上げていきたい。

・今現在の自分の仮説はあまりにも広すぎる。

「在り方を見つめ直し、理想の在り方を見出し、そこに向かっていくことは、日々の生活を豊かにしていくだろう」

まあ、そりゃそうだよね・・・。という感じ。

もう少し、具体的な言葉にしていきたい。

・自分が「本当に」したいことは何なのか。

 

 

【1参加者として感じたこと】

・「在り方を見つめ直し、理想の在り方を見出すことは必ずその人のプラスになる」という信念を感じた。

・一つ一つのコンテンツのねらいが見えづらいから、不安になる。

・参加者のみなさん優しい。頭の回転速い!

・もっと深く対話したい。

・新たな知識や見方・考え方を知りたい。

・リフレクションカードはもっとやりたい。

自分が主人公になってやりたい。

・時間があっという間!

・もっと「得られた」と思うものが欲しい。

・DAFLのような、背筋の伸びるような緊張感がない。

・言語化したり、プレゼンに落とし込む際に無くしてしまうものがある。

・在り方を見つめなおす作業は自分一人では難しい。必ずバイアスがかかる。

自分のバイアスに気づけるように、参加者一人一人が自己開示して価値観を語り合うことができるようにLearn my wayにはなってほしい。

 

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今回一番感じたのは、会の内容云々よりも、人と人がつながるって嬉しいということでした。

 

私が直感で、「この人なんか好き!」と思った方同士が出会うときの気恥ずかしさ。

ワクワク感。

 

そういう瞬間が自分はたまらなく好きなんだと思いました。

 

今回、館野さんが主催した会で出会ったお二人と、館野さんも来てくださいました。

 

館野さんに言われて嬉しかったのは

「点と点になっていた人との出会いが、今日、線になったのかなあって・・・」

という言葉。

 

Facebookでつながっているだけでは、道ですれ違った人と一緒。

ちょっと極端な表現かもしれませんが、そんな風に感じられるほど、今回、人との出会いや、繋がりについて考えさせられました。
今までの自分は、とにかく繋がることが目的になっていたなあ、ということを再認識したんです。
だから、投稿もしていませんでしたし。人の投稿も本当に他人事でした。

 

ただし、Facebookで繋がったら、リアルでも必ず繋がろうぜ!ということを言いたいわけでも無くて…

目的意識をもって繋がると、次の展開が待ってるかもね。
という当たり前のことを実感できたんです。

 

行動を起こし、その人とオフラインでつながるためのツールとして、Facebookを今後も活用していきたいですね。

 

そして、大好きな人たちに少しでも来てよかった。いい出会いがあった。と思えるような会にしていきたいです。

 

・自分の在り方を探って成長していく会。

・お互いの自己実現を後押しする会

・ホッと癒されるサードプレイス

 

自分が目指す会は、いろいろな言い方ができるだろうけど、私がこの会で参加者に一番感じて欲しいのことが何なのか、はっきりしました。

 

参加者のお一人が、最後の感想で

「なんていうか、すごく『みんな、がんばって生きてんじゃん』と感じることができました」

と、語ってくださいました。

 

この言葉を聞いた時、心がとても温かくなりました。

 

「みんな、与えられた条件、様々な事情の中で一生懸命生きている」

 

そういうことが、お互いに感じられたとき、真のつながりが生まれるはず。

それと同時に、自分の自己肯定感も高まっていくことでしょう。(下記参照)

 

 

 

自己肯定感、持っていますか? あなたの世界をガラリと変える、たったひとつの方法

自己肯定感、持っていますか? あなたの世界をガラリと変える、たったひとつの方法

 

この本の主張をざっくりと述べると

「自己肯定感を高めるには、他者への無条件のリスペクトをすることである」 

ということです。

 

◯無条件のリスペクトについて

その人が何かに優れていなくても 、頑張って生きている 、ということに敬意を感じることができる 。敬意とまではいかなくても 、その存在を 「努力しない人間には意味がない 」と切り捨てることなどせず 、 「かけがえのない存在 」として尊重できる 。あるいは 、傷つきながらも 、不器用であっても 、その人が生きていることに愛おしさを感じられる 。そういった感覚です 。

そうは言っても 、関わる人の事情をすべて知ることなど不可能です 。

 

文末の太字のところを可能にするのが、Learn my wayであってほしいし、そうなれる可能性を見出すことができました。

 

関わる人の事情を知り、深くつながることで、自分の在り方を見直し、理想の在り方に向かってお互いにフォローし合うことができる。

その人が一番その人らしくいられる。

 

そんなコミュニティをつくっていけたら最高です。

 

まずは、目の前の学級で実現していこう!

 

そんな風に思えたのも参加者の皆様のおかげ。

いつも、主催者である私が一番多くのものを頂いている気がしています。

いつも感謝しております。

 

出会った人に真摯に向き合って、少しでも何か「与えられる人」GIVERになりたいなあ。

 

先は長い。

 

 

Learn my wayにご興味ある方、お気軽にご連絡ください。

→kengosachirika☆ybb.ne.jp

「〜したい」をチームで実現していける職場へ

久しぶりに校内イントラネットのホームページにコラムを更新しました。

 

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ここまで、よくぞスクロールしてくれました。
お久しぶりです。ボンベイです。
「このスペースを私物化するな」
と言われそうですが、少し語らせてください。

皆様とお会いして早9か月が経ちました。
こうして穏やかな気持ちで新年を迎えられたのは、みなさんのような素敵な方にお会いできたからだと思っています。

本当に感謝しております。

 

それにしても・・・
このお正月の新鮮な空気感はなんなのでしょう。

私は年度の変わり目よりも年の変わり目の方が
心機一転します。
仕事の区切りである年度の変わり目に、お正月のような新たな始まりを予感するわくわく感を
もっと感じてもよさそうなものですが不思議です。

年度末、年度初めが繁忙期で
じっくり自分を見つめなおす心の
余裕をなくしているからかもしれません。

働き方改革の波が押し寄せる中、
企業ではいかに生産性を上げるかに
苦心しています。
費用対効果が高い(低コストで開発した商品でいかに大きな収益をあげるか)だけで
なく
時間対効果の高い働き方を求められているのです。

◯◯小学校でも、
体力テスト、学校アンケートなどの
集計業務を外部委託したり、
スタッフルームの導入で
非同期的な情報共有の在り方を
模索し、いかに時間を確保するかに
苦心した一年だったのではないかと思います。

私は、忙しいと間違いなくパフォーマンスが下がります。
まさに「忙」という字のごとく心を亡くし、目の前のことをこなすだけにっていきます。
子どもや保護者、職場の仲間の思いに
寄り添うことに頭を使わなくなるのです。
自分の信念やビジョンも忘れてしまう。

 

丸付けしなきゃ・・・
提案資料作らなきゃ・・・
授業の準備しなきゃ・・・
週案つくらなきゃ・・・
保護者に電話しなきゃ・・・

 

「~しなきゃ」という心のつぶやきを
1日10回以上言っていたら要注意。
即年休です。

教師の最低限の役割をただこなしていたら
やってられませんよ。

自分が目指すよりよいクラスのイメージ憧れの先生のイメージ。
子どもたちに伝えたい思い。
もっといえば、理想の社会のイメージ。

そういうビジョンや信念にむかって、学級や学年、学校という小さな閉ざされた社会の中で、
子どもたちと協働して理想の社会を創っていく。
その結果「学級王国」という副産物とチームになりづらい組織風土が学校に定着してしまったかもしれません。

でも、今は学校をもっと、内にも外にも開いていこうという流れ。

 

学年解体習熟度別。少人数教室。
教科担任制。たてわり。
オープンスクール。チーム学校。
コミュニティスクール。

 

上等!
地域も巻き込んで、理想の社会を具現化していける気運が高まっている。
そして、それができてしまうポジションに私たちはいるはずなのです。

 

ただし、そのポジションにい続けるには、私たちが日々理想を思い描けるような心のゆとりをもてるような業務設計をしていく必要があります。
スタッフルームをフル活用すれば、情報共有の省力化にかなりの効果を発揮できます。

そして余剰時間を一人一人が自分の思いや理想、信念をオープンにして対話をすることに費やしたい。
飲み会の2次会までいっても、自己開示して、自分の「これまでのストーリー」と「これから何がしたいか」について対話しない限り、チームになれないと思っています。

 

以前、先輩の先生に
「職員会議の前にもっと根回ししとかなきゃ・・・」
と言われたことがあります。
すごく違和感がありました。

「もっとみんなに相談してよ~」
と言うこともできるのに、あえて
「根回し」という言葉を使うことに。

 

組織に派閥やら、政治をもちこんだ時点で
その組織はいずれ空中分解していくことは数々の事例が物語っています。
また、昨今の大企業の没落と立て直しのストーリーは、どれもこれも組織をいかに風通し良くオープンにして、チームにしていったかが語られています。

 

この場所に、いつも書き込んでいたのは単なる暇つぶしではないのですよ。
一人ひとりの思いを発信する場所を作りたかったのです。

 

思いを当たり前のように一人一人が発信できるようになれば、チームになるのに一歩近づけると思ったからです。

お互いの思いが共有できたらどこにコスト(時間)をかけて学校に価値を生み出しいくかが明確になります。

目指すところが決まれば、そこに向かって協力しあう必然性とモチベーションが生まれます。

そうして、みんなで結果を出す。
この繰り返しで、信頼しあえるチームになれるそうです。(下記の本参照)

 

チームが機能するとはどういうことか――「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ

チームが機能するとはどういうことか――「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ

 

 
そうすれば、日々おもしろい毎日が待っているはず。

長期休みや、休日に

「早く学校始まらないかなー」

と教師が思えるような学校にしていかないと、子どもも学校なんか来たくないでしょう。

 

みなさんとならそれができる!


と、いうわけで、下にある
「学び・思い共有BOX」を今すぐクリック!

ワードでもエクセルでも何でもいいのでご自分の思いを書き連ねてファイルを保存しておいてください。

 

楽しみにしておりますよー。
今年もよろしくお願いします。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

…うーむ。

 

冷静になって、読み返すと、ヤバイですね。

突っ走ってる感がハンパない。

 冷や汗が出るような疾走感。

 

明日、書き直しに行きます👍

 

要するに、

「みんなでワクワクしていけることを見出して、それに向かって協力し合える組織にしましょう。

そのために、つまらない仕事は徹底的に削り、時間を確保していきましょう。」

ということが言いたいんですが…

 

働き方改革推進に一番大切なことをホリエモンがズバリ提言!「嫌な仕事はやらなければいいんだよ!」|U-NOTE [ユーノート]

 

上記の記事、共感しました。

働き方改革は、私も「〜しなきゃ」から「〜したい」に変えていくことだと思います。

教師がしたいことを心ゆくまでできる職場づくりをしていきたいです。

クリエイターになって、幸せを生産しよう

【書評】「無敵の思考 誰でもトクする人になれるコスパ最強のルール21」を読んでみたんだ~これであなたもイージーモード???~ - ゆるふわSEの日常♪

 

ずっと読みたいと思っていたひろゆき氏の著書に関する書評。

 

この方めちゃくちゃ丁寧にまとめて下さっている!お陰様でもう読んだ気になっている。ありがとうございます!

 

最も響いたのはここ。

 

 消費者は一生、幸せになれないのでクリエーターを目指したほうがいー。
⇒楽しさや幸せを、「お金を使うことで感じる人」は一生幸せになれない。
それは幸せを感じ続けるためにお金を使い続けなくてはいけないから。
消費者のままの人生から抜け出すためには、「絵を書いて幸せ」、「写真を撮って幸せ」、「文章を書いていて幸せ」など、「お金をかけなくても幸せになれる手段」を見つける。これは時間があればあるほど幸せを感じることができる。

 

 最近、気づいたのですが、学びの場をつくるのって最高に楽しい。  

 価値ある時間を創れる自分で在りたい - 小学校の先生を120%楽しむ毎日

会の設計を考えたり、当日の流れを考えたり…

 

1月8日(月)

10時〜

長津田田園都市線JR横浜線

近郊にて

Learn my way

 

開催します。

まだ、若干名参加OKです。

ご興味ある方は、下記メールアドレスまで、ご連絡ください。

 

kengosachirika☆ybb.ne.jp

(☆には、@を入れてください)

今日の気持ちを焼き付けよう

あけましておめでとうございます。

 

早速、ブログを更新しているいつも通りのふたせんさんに安心してます。

 

 2017年12月31日の僕と、2018年1月1日の僕は何も変わっていない 【今日すべきは「志」の確認】 - 小学校教師ふたせんの朝3時からの共育現場〜育つ育てる育てられる〜

 

誰しもが、この日に新しい目標を立てる。

「一年の計は元旦にあり」

なんていうもんだから、

今年はこれを頑張ります!なんていう宣言もちらほら。

3ヶ月後にはどんな目標を立てたなんて覚えてやしない。

 

 

だから、僕は思うのは

この1月1日って新しい目標を立てる日じゃなくて

「自分の志を確認する日」

でしょう。

 

 これ、私も同感です。

そもそも去年は1月1日にブログ更新してませんしね。

 

 ・・・と思いつつ。

 

ただ、私にとって1月1日の気持ちって新鮮で、かつ厳かなんですよ。年度ごとに立ててもいいんですけどね。年度末はバタバタしているし、もう次の現実(新しい年度)が控えていて、目標が縮こまる気がするんですよねえ。

 

 だから、1月1日に目標を立てる人は多いのかなあと思うんです。

 

今の気持ちや感情ごと、保存しておいて、あとで見直すことで、モチベーションの維持ができるのではないかなあ、なんてね。


最近読んだこの本に、

 

まずは親を超えなさい!

まずは親を超えなさい!

 

 

「目標は大きい方がいい。少し頑張れば、実現可能な目標は、あくまで現状の延長線上にある。だから、そうした目標は現状を肯定していることになり、自分に大きな成長や変化をもたらさない。」

 

そんなことが書いてありました。

 

目標は大きい方がいい。

でも、あまりにも現実離れし過ぎた目標は、無意識に実現を諦めてしまう。

 

そこで、アファメーションを行って、自分の目標をリアルにイメージするのだそう。

「自分は〇〇をしている。」

と、現在進行形で、自分の望む状況を言語化することで、その状況を脳に受け入れさせる。

 

すると、望むべき状況にふさわしい自分の人格が表出し、望むべき行動を取っていくのだそう。

 

こうして書いているとなんだか怪しげですが・・・。

 

この記事と重なるところがあります。

 

会員登録のお願い - 毎日新聞

 

 私はその時、2年後の目標として「昇進して主任になること」「ITに関する高度な資格を取ること」を掲げたと記憶しています。研修後、職場に戻って先輩に目標を書いた話をすると「つまらない」と一蹴されました。先輩は「たかが研修だけどね」と前置きしながら、目標の立て方と達成するコツを教えてくれました。
 まずは目標を具体的にして覚えておくこと、そして目標を見返したときに自分がニヤニヤするほど楽しい内容にすることだといいます。私の目標には、その両方がないというのです。
 先輩は数年前に同じ研修を受け、「TOEICスコア300点アップ」という目標を立てただけでなく、「米国に出張し、現地の技術者たちと最先端のITについて議論し、夜はジャズバーで好きな音楽に浸る」ことを掲げました。そして、その目標をイラストにして手帳に貼り、2年後に達成したそうです。続けて先輩は言いました。

 

先程紹介した本の中にも、

 

未来志向で目標設定(現状とは異なるステージの目標設定)をしたら

 

アファメーションを行い
セルフトークのコントロールをし、
ビジュアライゼーション(頭の中で鮮明にイメージ)していく。

 

セルフトークというのは、何か目標を立てた時に聞こえる自分の声です。

大きな目標を立てた時、以下のようにセルフトークを変容させていくことができれば、目標達成に向けて動き出せるのだそう。

 

①過去のセルフイメージに囚われている。
「無理だ。」「できるわけがない。」

 

②目的が生まれるが、手段はなし。
「〜するべきだ。」「〜だったらいいなあ。」

 

③誓いを立てる。問題解決している自分のセルフイメージを探し始める。
「もうこんなことはやめよう。」「こんな状態から抜け出そう。」

 

④新しいセルフイメージについてのセルフトークが生まれる。
願望ではなくて、すでに実現しているかのようなリアリティーをもつ未来。

 

DAFLでやってきたことって、まさにこの「セルフトークの変容」だったのかなあ、という気がします。

メタ認知によって、徹底的に過去と向き合うことで一気に③まで駆け上った感覚がありました。

 

そして、「GIVE & RESPECT」という新たな自分の在り方を探しはじめることができました。

ただ、やはりまだこの自分というのが、本当になりたい自分なのか、結構疑問もあるし、違和感を感じるんですよ。

いい子すぎる。あまりにも綺麗すぎる。

 

そんなに人に奉仕したいのかなあ?その辺が自分も謎なのです。

 

そもそも、自分は何が好きで、本当は何がしたいのか。

そこを今年も問い続け、日々わくわくする毎日を設計していこうと思います。

 

「なりたい自分になる方法」を今後も開拓していきたいですね。

それが、教室にいる子どもたちにも還元されていけば、最高です。

 

 

というわけで、私はこれからここで言うのも憚れるほど、あまりにも壮大な「なりたい自分」をイメージして、アクションプランを立てていきますよー。

 

みなさん良いお正月を!

今年もよろしくお願いします。